ヤマふぉと

山の自然や風景をゆったりと眺め、写真を撮るために山に登る。だから、登頂や縦走を目的とせず、好きな山域でテントを張ったり小屋に連泊して、カメラ片手にのんびりと過ごす。そんなスローな山登りを楽しんでます。

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年末年始の山岳遭難に思う(補足あり)

<1月6日 記事補足しました>

いろんな情報を検討した結果、今年の正月山行は中止しました。おかげで久しぶりに紅白を観て、のんびりとした寝正月をすごせました。


中止にした理由は三つ。

第一は、もちろん悪天候。大雪や強風の天候の中、3000m級の山に登ることはリスクが大きすぎます。

第二に、帰り道で大雪による交通障害に巻き込まれて身動きが取れなくなったら、5日の仕事に支障をきたしかねません。単にとじこめられるだけなら自分が我慢すればすむことですが、仕事の相手に迷惑をかけるのは許されません。特に戸台から戸台口へ出る林道が怖いところです。国道と違って除雪が優先的に行われることはないでしょうし、雪崩で通行できなくなる可能性もあります。高速道路の通行止めもありえますし。

第三に、体調面でやはり万全とは言いがたいところがあったこと。現状ではちょっと不調というぐらいでも、極寒の状況で体力を消耗する厳冬期の山ではちょっとしたことで体調が悪化する可能性を否定できません。



とはいえ、12月31日までは行く気でいたわけで、それは何なのといわれれば返答に窮してしまいます。言い訳がましくなりますが、決行するつもりでいた理由も三つあります。

第一は、天候が良くないのはわかっていたものの、目的地である甲斐駒・仙丈の登山天気では一応晴れマークが出ていたこと。過去二回の経験からすると、森林限界を超えるまでは、悪天候であってもそれほどリスキーなルートではなく、森林限界を抜けてからの状況判断で問題ないだろうと考えていたわけです。

第二は、ベースとなる北沢峠は標高約2000mで、アプローチは広い谷筋と森林内のルートで道迷いの可能性も低く、荒天でもそれほどリスクは高くないと考えられます。GPSも使えるし年末年始に2度歩いているので状況も理解しています。なので、とりあえず、北沢峠までは安全にいけるだろうという判断です。

第三は、体調面を考えて、今年は小屋泊を予定していたこと。荷物も軽くなるし、体力の消耗も押さえられます。なにより、安心感が違います。


結果的に自分は正月山行を中止したわけですが、一番大きかったのは31日に見た天候に関するニュースです。しかし、もしも30日に出発する予定でいたら、このニュースは見なかった可能性もあるわけで、そうなると少なくとも北沢峠までは登っていたかもしれません。






12月31日に槍ヶ岳・奥穂高岳や北岳で遭難した登山者がどこまで年末年始の荒天のことを理解していたかはわかりません。しかし、僕が目的地を南アルプスにしていた理由は、北アルプスは天気が悪いということがわかっていたからです。であれば、彼らも当然知っていたと考えるべきでしょう。というよりも、厳冬期の雪山に登るのに、事前に天候を調べない人がいるとも思えません。それでも強行したということは、彼らなりに勝算があったのか、それとも行けるところまで行ってダメなら引き返すというつもりだったのでしょうか。


しかし、雪山における勝算ほど不確実なものはありません。思っていたより雪が深ければ当然時間をロスします。そうなれば予定通りの行動はできません。風が強くても同じ。また、低体温症の危険も増します。雪山での勝算など、ただのギャンブルなのです。勝てる確率が高いのか低いのか、もしも負けた場合のリカバリをどうするか、そのあたりを良く考えておく必要があります。


行けるところまで行って引き返すというと、なるほどもっともで安全な判断だと思われますが、これは危険な考え方です。なぜなら、天候が荒れる時は時間とともに悪くなるのが普通です。まだそれほどでもない状況で行けるところまで行って、どうしようもなくなって引き返そうとしたって、その時には手遅れになっている可能性のほうが高いのです。単に標高が上がって天候が荒れてきたというのなら下山すれば良くなりますが、低気圧の接近による悪天候の場合は、そのことを理解していなければ悪化する天候の中を突き進むことになってしまいます。「行けるところまで行って」という言葉の裏には、「もしかしたら行けるかも知れないし」という都合のいい希望的予測の気持ちが潜んでいますが、これが一番厄介なのかもしれません。


結局、撤退の判断ポイントはなんなのかということになると、人それぞれ考え方も違えば経験値も違うので一概には言えません。僕の考える撤退のタイミングは、今よりももっと悪天候になったとき、今いる場所を問題なく戻ることができるかどうかです。猛吹雪で視界が効かず、トレースもない状態でこの場所を迷わず安全に戻ることができると思うのならまだ先へ進めると判断しますが、道迷いや滑落の危険性があるとか何かあったときにビバークするのが難しい場所だったなら、先へ進んではいけないと判断します。行けるかどうかではなく、戻れるかどうかを判断基準にしています。もっとも、それは天候が荒れている場合の話であり、晴れていたり安定している場合はまた別です。雪の状態にもよります。つまるところ、事前の情報収集と現場の状況によって、ケースバイケースの判断にならざるを得ないというのが、正直なところでしょう。


遭難のニュースが出る度に、厳しい意見が出てきます。今回の遭難でも、荒天がわかっていて入山や登頂を強行するのは無謀という意見を見かけますが、状況からすればそういわれてもしかたのないところかもしれません。しかし、実際のところは現場がどうだったのか、当事者がどのような準備をし判断を下したのかを検証してみなければなんともいえません。


奥穂高の山頂付近で道迷いで遭難したというパーティーは、行ける所までのパターンだったのかもしれません。奥穂からの下山をどういうルートで予定していたのかわかりませんが、猛吹雪でほとんど視界が効かない状況になればトレースはもちろん消えているでしょうし、たとえコンパスやGPSがあっても滑落の可能性があるのでうかつには動けないでしょう。実際にひとり滑落したそうなので、そういう状況だったのかもしれません。であれば、救助要請したところでヘリは飛べないし救助隊も簡単には動けません。山頂付近でビバークというわけにもいかないでしょうから、パーティーで協力して奥穂高山荘の避難小屋まで下るしかありません。実際にそのように行動して、全員無事が確認されているとのことです。


槍ヶ岳のパーティーの場合は、槍平小屋まで下るつもりが雪が深すぎて進めず、途中でビバークするはめになったので、警察に電話したそうです。しかし、雪山でビバークなんて想定内のことですし、翌日には自力下山したそうなので、救助要請が必要だったのか疑問が残ります。


北岳のほうは避難小屋から救助されたのは男性のみとのことで、もうひとりの女性登山者は避難小屋にたどり着けなかったようです。荒天の中をなぜ登頂したのかよくわかりませんが、女性がなぜ小屋にたどり着けなかったのかも気になるところ。低体温症で力尽きたのか、途中で滑落したのか。パートナーである男性は、なぜひとりだけ避難小屋に入っていたのか、なぜ行動をともにできなかったのかも引っかかります。


男女のパーティーであれば、一般的には体力的に女性のほうが弱者です。体力的に弱い女性は疲れやすく低体温になりやすいわけですから、そのあたりを考慮してパーティーの行動を考える必要があります。年末の荒天の中で登頂を目指したという判断が、はたして適切だったのでしょうか。男性基準の行動計画になっていなかったのでしょうか。


1月1日の北岳山頂付近の気温は約-20度。風速約10m/sだったでしょうから、そこそこ厳しい状況です。雪洞を掘るなどして避難することができていればあるいは行方不明の女性は生存しているかもしれません。無事を祈ります。



<補足>
北岳で行方不明だった女性は、5日に心配停止状態で発見されたそうです。発見場所は標高2700m付近ということで、救助要請のあった場所から200mほど下の斜面です。警察では、滑落した可能性が高いと見ているようです。


ちなみに、12月31日の天気は、同時期に北岳周辺の山へ登った人のブログなどを読んだ限りにおいては、午前中は晴れていて、午後には北岳山頂付近は雲に覆われていたようです。そうすると、朝の晴天で登頂を決めて、登頂を果たしたかどうかはわかりませんが、山頂付近にいたときにガスに巻かれて道がわからなくなり、加えて強風により女性が低体温症にかかったのでしょう。


少なくともこのパーティーは、嵐の中を無理して登頂したわけではないので、無謀と決め付けることはできません。結果的に遭難してしまったわけですが、天候が悪化する兆しを見逃してしまったのか、それとも対処できないほどの速さで急変したのか、どうだったのでしょうか。


ところで、ニュースでは二人は登山届けを出していなかったとされていますが、冬の北岳に登るのに登山届けを出さないなんてことがあるだろうかと、にわかには信じられません。


蛇足ですが、遭難した女性は、2008年の年末にも西穂高山頂付近から滑落し、アックスが左太ももを貫通する重傷を負ったことがあるとかで、不幸にも二度目の遭難で命を落とされたようです。



奥穂のパーティーはどうやら西穂からの縦走の途中だったらしく、山頂から白出のコルへ下山しているときに遭難が多い間違い尾根に迷い込んだとか。この時期にあのルートをたどるぐらいですからかなり経験のあるパーティーだったのだろうと思いますが、荒天になる前に稜線を抜けるという目論見が外れてしまったことが原因のようで、行ける所までというパターンではなく、勝算があると思っていたギャンブルに負けたパターンですね。



槍ヶ岳のパーティーは、午前9時45分ごろに救助要請をしたあとも自力で下山を続け、暗くなってから避難小屋に着いたらしいのですが、その事実からするとやっぱり救助要請をしたタイミングや要請そのものの必要性に疑問を感じてしまいます。


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| ヤマネタ・ニュース | 15:19 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

Re: タイトルなし

百瀬さん

今後はそうしようと思います。

| ヤマふぉと | 2015/01/18 11:56 | URL |

今回のような責任の伴う話に匿名を名乗る方の話は聞き捨てです。

| 百瀬典明 | 2015/01/17 22:10 | URL |

Re: タイトルなし

自称 山岳救助隊の指揮者さん


本物かどうか知りませんが、コメントするなら斜め読みではなくきちんと読んでからにしてください。本文中で、「実際のところは現場がどうだったのか、当事者がどのような準備をし判断を下したのかを検証してみなければなんともいえません」と書いているとおり、基本的に当事者でないとわからないことが多いということは理解しています。それに、ハンドルネームぐらい書いてからコメントすべきでしょう。今後は名乗らないコメントは削除します。


僕が問題にしているのは例のパーティーの救助要請が必要だったかどうかということではなく、登山者は安易な救助要請は慎むべきということを言いたいだけです。例のパーティーは9時45分に救助要請したあとも自力下山を続け、夜になって避難小屋にたどり着いたという報道を信じるとすれば、なぜ下山途中の早い時間に救助要請を行ったのかが引っかかります。


自力下山できたなら、たしかにそれはいいことです。しかしそれを聞いて、とりあえず保険の意味で救助要請しておいてもいいんだと思う登山者の救助要請が増え、駆けつけてみたものの現場にはいなくて、自力で下山していたというケースが増えたらどうでしょう。そういう空振りの救助要請に振り回されている間に、本当に一刻を争うような遭難現場に駆けつけるのが遅れて、遭難者が命を落とすということだってありえます。


自分のおかれた状況で、自力下山が無理または非常に困難という状況なら当然ですが、とりあえず自力下山ができるなら、その時点ではまだ救助要請は必要ないでしょう。少なくとも僕はそう思います。


救助隊としては自力下山できる余力があっても救助要請を遠慮なくしてくださいというのなら、ここに書き込むのではなく、そういう内容のチラシなどを登山口で配布して啓蒙活動を行ってください。きっと喜ぶ人がたくさんいるはずです。

| ヤマふぉと | 2015/01/11 19:02 | URL |

ブログの記事を斜め読みですが、拝読しました。山岳救助隊を指揮する者としてご意見させていただきます。

まず報道された内容がすべて真実とは限りませんし、多少、ずれていることもあります。

次に山岳遭難は、経験に応じて誰でも起こす可能性があります。自動車を運転する限り、誰もが事故を起こす可能性があるのと同じです。

”結果、自力下山できたのであれば、救助要請の必要があったのか”

救助を要請するかしないか、これはそういう生命の危機の状況下にある者の判断でしかないのです。

救助を要請したけど、自力下山できた。ああ、それは良かったね。無事下山できて、また登山ができるじゃないですか。

私であれば、そう言って終わりです。無理せず救助を要請して下さい。私たちが行きますから。









| 匿名 | 2015/01/10 12:40 | URL |

Re: タイトルなし

撮影日和の日があってよかったですね。
寒波の後は気温が緩んだりと、
今年はちょっと変な冬です。

| ヤマふぉと | 2015/01/08 17:17 | URL |

5日は穏やかに晴れ上がったので下山を6日に変更しました、この日は大荒れ下界は雨と予想されましたが後ろ髪を引く力が強かったようで残留、撮影三昧でした。
登山口の中房温泉からは真冬というのに雨の中の下山になり十分にしごかれました。

| 百瀬典明 | 2015/01/07 12:41 | URL |















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