ヤマふぉと

山の自然や風景をゆったりと眺め、写真を撮るために山に登る。だから、登頂や縦走を目的とせず、好きな山域でテントを張ったり小屋に連泊して、カメラ片手にのんびりと過ごす。そんなスローな山登りを楽しんでます。

NEXT | PAGE-SELECT | PREV

≫ EDIT

雲上の縦走路と緊張の大キレット :槍穂高連峰 vol 4

2001年9月 槍ヶ岳~奥穂高岳 単独テント泊縦走
天国と地獄を見た日

へとへとになって大キレットを越えてきた翌朝、北穂高岳山頂から壮大な朝焼けを期待して早起きしました。日の出前に起きて小屋の外に出てみると、空はどんよりとした曇り空です。上空には重い雲が垂れ込め、眼下には雲海が広がって、ちょうど雲と雲の隙間にできた空間に立っているような奇妙な空模様でした。昨日まであんなにスカッと晴れていたのに・・・ 3100mの高みから朝日に燃える槍の姿を見たかったのに、なんで肝心なときに天気が崩れるのでしょうか。さっさとあきらめて小屋に入って、もう少し惰眠をむさぼっても良かったのですが、なぜか諦めがつかずテラスでうだうだしていたら、哀れに思ったのか神様は願いを聞き入れてくれたようです。


槍穂高縦走39
東の空の雲間から、幾筋もの光が差し込み、雲海の上をサーチライトのごとく照らし出し始めました。はるか彼方の雲は、まるで朝焼けのように赤く焼けています。雲が朝焼けになる場合、普通は太陽が雲よりも下にあるとき、つまり日の出前の状態にあるはずです。しかし、光は上空の雲から差し込んできています。朝焼け雲を作り出しているのが地平線下の太陽なら、上から来る光はいったい何なんでしょうか。まさか神様の降臨!? 

槍穂高縦走40
とにかく、その美しさは言葉にできないほどのものでした。

槍穂高縦走41
夜明けの青い空気と雲間からこぼれる光、そして真っ赤に焼けた雲。

槍穂高縦走42
わずか3000mの高さですが、ここはまさしく神々の座なのかもしれない。そんなことを考えながら、ぼくは静かにシャッターを切り続けました。

やがて美しくも不思議な時間が終わり、あたりは曇った朝特有の青く冷たい感じの空気に包まれました。上空の雲と眼下の雲海は、中途半端に混ざり合いながらすっかり冷め切ったスープのように沈殿しています。

槍穂高縦走43
昨日越えてきた大キレットは、その険しい様相とは裏腹に静かに伸びやかに朝の空気の中に稜線を連ねています。北穂直下の絶壁が眼前に大きく見える関係からか、南岳から見たときよりも険しいルートに見えます。このとき、ここをもう一度渡れといわれたら、即座に断ったことでしょう。それぐらい神経を消耗したルートでした。

夜明けの美しい光景を見た余韻が冷め切らぬうちに、小屋に戻って出発の準備をしました。宿泊客はあまり多くありませんでしたが、皆出発準備を整えて小屋の入口付近に集まっています。僕も荷物を詰め込んで靴を履き、入口前のテラスに出ました。ベンチに座って今日のルートを地図で確認します。

北穂高岳から涸沢岳を経由して穂高岳山荘まで行き、荷物を預けて奥穂高岳に登頂したあと穂高岳山荘横のテント場でテント泊というのが本日の予定です。距離的にはたいしたことは無いのですが、大キレットと大差ないハードなルートらしい。それでも、距離が短い分、昨日よりは楽に越えられるだろうと考えていました。

ところが、さあ出発というタイミングでなんと雨がぽつぽつと落ちてきました。これはやばいことになった! そうじゃなくても滑落や転落事故が起こりやすいルートだというのに、この上雨で岩が濡れてしまうと、滑りやすくなってさらに危険度が増してしまいます。今はまだぽつぽつと落ちてきているというレベルの雨ですが、この後どうなるかわかりません。一瞬停滞しようかとも考えましたが、標準時間2時間30分のルートです。めちゃくちゃ慎重にゆっくり歩いて倍の時間がかかっても5時間。それなら楽勝でお昼過ぎには穂高岳山荘にたどり着くことができます。であれば、多少雨がきつくなっても大丈夫。バックパックからレインウェアを引っ張り出して着込んだら、すぐに出発しました。

北穂高岳の頂上を越えて南峰を涸沢側に回りこみ、ガレて不安定な急傾斜の道を慎重に下ります。道が飛騨側に回りこむと、右側は滝谷を見下ろす恐ろしい絶壁となり、高度感も手伝って恐ろしいことこの上なしです。雨に濡れた岩肌は思いのほか滑りやすく、ちょっとでも傾斜のある岩の上に手や足を置く場合、そのつどグリップを確認しながら進むようにしました。鎖のかかった場所は、さらに慎重さが要求されます。ハラハラドキドキしながら、小雨の中を涸沢岳に向けて下ってゆきました。

槍穂高縦走44
この写真は北穂高岳を出発してから初めて撮った写真です。たぶん、北穂高岳を涸沢岳に向けて下っている途中で写したものだと思います。おそらく雨が止んで、雲間から涸沢に光が差し始めた光景がきれいだったので、休憩がてら荷物をおろしてカメラを取り出したのでしょう。

やっと北穂高岳と涸沢岳の鞍部まで下りてきたら、つかの間の晴れ間はあっという間に雲にかき消され、ポツリポツリと雨が落ち始めました。

槍穂高縦走45
これから進む涸沢岳の斜面を見上げると、上のほうに人がいるのが見えました。どうやら下ってきているようです。このまま進んでしまうとやばいところですれ違いになりかねません。丁度いいタイミングだったので、休憩しながら彼らがたどってくるルートを見学させてもらうことにしました。

槍穂高縦走46
下から見ていると、あんなところに道があるのか?と思えるような絶壁をジグザグにたどりながら下ってきます。途中には鉄梯子もあるようだし、簡単には歩かせてはもらえないようです。

このあと、雨足が少し強まったことと、気の抜けない岩場が続いたため、穂高岳山荘に着くまで1枚も写真を撮っていません。いや、撮る余裕が無かったといったほうがいいでしょう。浮石だらけの涸沢岳の絶壁をミスをしないことだけを考えながらなんとか登りつめて、最後は鎖のかかった垂直な岩壁を岩溝に体をねじ込ませながら登りきったら、そこが頂上でした。あっけないぐらい、突然訪れたピーク。いままでの絶壁はなんだったのかと思えるほどのあっけなさでした。ガスガスの頂上は、展望は皆無でした。ゆっくりすることも無く、そのまま穂高岳山荘まで下り始めました。

涸沢岳の下りは比較的楽な道でした。やがて白いガスの中に山荘の赤い屋根が見え始め、程なくして山荘前に下り立つことができました。穂高岳山荘前は、綺麗な石畳のテラスになっており、晴れていれば涸沢が眼下に広がっているのが見えることでしょう。しかし、今日はガスガスです。奥穂高岳の山頂すら見ることができません。外にいると体が冷えるので、中に入って休憩させてもらいました。たしか、ホットコーヒーを注文したように思います。

がらんとしたロビーでコーヒーを飲みながら考えました。奥穂高岳に登るべきかどうか。雨は小康状態になっているとはいえ、岩肌は完全に濡れています。登ることはできても、視界は100%ないはずです。真っ白な世界を見るだけに、わざわざ上る意味があるだろうか。登頂したという事実と自己満足がほしいのなら、それもいいでしょう。しかし、自分としてはそこまでする気にはなりません。僕は美しい山岳風景を見たくて、そしてそれを写真に撮りたくて山に登っているのです。何も見えない山に登ることに、意味を見出すことができません。

であれば、今日はこのままテントを張ってのんびりするだけです。しかし、果たして明日晴れるのでしょうか。昨日までの3日間は快晴でした。それが今日になって天候が崩れたわけです。順当に考えれば移動性高気圧が過ぎ去り、西から低気圧がやってきたと考えるのが自然な流れ。そうすると、明日はさらに本格的な雨になると考えたほうがよさそうな気がします。

結局、僕が出した結論は下山でした。おぼろげな記憶では小屋の中に天気予報の書いたボードが掲げてあり、このあと数日間の天気予報が書いてあったの見て決断したような気がしますが、そのあたりはかなりあやふやではっきりしません。いづれにしても、雨に濡れた北穂高岳から奥穂高岳までのルートでかなり消耗していたこともあり、気持ちがネガティブになっていたこともあるでしょうが、なんらかの情報を得てもう一日いても晴れる見込みは無いと決断したものだと思います。時間的にもまだ10時ごろだったはずなので、下山するのに十分な時間があることも決断した理由のひとつだったはずです。

山荘から出て、白出沢の下山口に向かいました。山荘の脇から急傾斜で下る白出沢のルートは、下のほうまでずっと大きな岩が敷き詰められたようなルートでした。

槍穂高縦走47
谷間には雲海が押し寄せてきていました。下に降りると本格的な雨かも、などと思いながら白出沢を下り始めました。もはや下山するだけだし、急傾斜とはいえ断崖絶壁のルートではないという安心感から、僕はまったく気楽にひょいひょいと石の上をたどっていきました。

山荘が少し小さくなってきた頃、僕は何気なしにルート上にあった座布団ぐらいの大きさの岩の上に脚をのせました。それまで下ってきたのとまったく同じように、それが動くことなどまったく念頭にない状態で、ひょいと飛び乗ったのです。その瞬間、世界は一瞬にして180度回転しました。僕が飛び乗った岩は、音も無くスパッと足元から消えてなくなりました。そして、僕は雨に濡れてつるつるになった岩が敷き詰められた急傾斜の上を仰向けのまま滑り落ちて行ったのです。

それは、まったく無音のスローモーションのような世界でした。これはやばいぞ、と思って手を突いて滑落を停めようと思い、滑り落ちている地面の状態をちらっと見ましたが、もちろん平坦な地面ではありません。岩と岩の隙間が黒いまだら模様のように視界を過ぎ去っていきます。これに手を突いたら岩の隙間に腕を挟まれて簡単に持っていかれる! 不思議なもので、人はこういうときそんな冷静な判断ができるのです。決してええかっこして作り話を書いているわけではありません。学生時代、僕はモトクロスをやっていました。練習中やレース中に転倒してバイクの上に落ちることもたまにあり、そういうときにうかつに手を突くと回転しているタイヤに手首を突っ込んでチェーンとギアで手首を引きちぎられる危険性があります。でも、そんなときは自分が落下する方向の場所をみて、落下方向にタイヤがあるときは手を引っ込めてプラスチックのショルダープロテクターから落下するようにしていました。危機的な状況になると、コンマ何秒かの間に人間は案外冷静に状況を判断することができるのです。手を出すのをやめて、背中のバックパックがこすれて自然に滑落が止まるのを待つしかありませんでした。下山していたルートが断崖絶壁ではないという安心感がそうさせたのかもしれません。やがて、体は自然に停止しました。

まず確認したのは手足が無事かどうかです。両手両足を動かしてみて、痛みもなく普通に動くことを確認しました。そのあと、頭や顔を触ってみましたが、出血も無く痛みもありません。バックパックを下ろして点検してみると、レインカバーがざっくりと切れていましたが、それほど大きなきずではなく、本体は無傷でした。また、レインウェアも小さな穴と裂け傷が数箇所あいていました。どうやら比較的平坦な場所をずり落ちただけで済んだようです。上を振り仰いで、どこからどれぐらいの距離を落ちたのかを確認してみましたが、すでに脚をのせた岩が無いので、よくわかりません。雰囲気的には10m程度落ちたようです。時間にして数秒ぐらいでした。

助かった・・・ ほっとしました。いくら断崖絶壁ではないといっても、長い距離を滑落すれば途中で岩に激突する可能性もあります。手足の骨折ならまだましですが、頭からぶつかったら即死ということだってあり得ます。下山途中ということですっかり緊張感がなくなっていたのでしょう。沢筋のルートだからといって油断は禁物です。実際、山での事故は下山時に起こることが多いといいますから、こんな風に安心しきって警戒心を解いてしまうのが原因なのでしょう。今日、身を持って下山時の危険性を確認してしまいました。怪我がなかったのは不幸中の幸いでした。こんなところで足でも骨折していたら、雨の中誰かかが通るまでひたすら待ち続けなければなりません。

体が無事であることを確認し、装備の点検も終えてから、僕は再び下山を始めました。今度は一歩ずつ慎重に足を置く場所を選びながら。

やがて樹林帯に入ると、下からガスが這い上がってきました。森の中を音も無く白いガスが上がってくる様は、なんともいえない恐ろしさと同時に神秘さもありました。その様を写真におさめようとあわててバックパックを下ろしてカメラを取り出したのですが、あっというまにガスが通り過ぎてしまい、木々の間を這い上がるガスの姿をとることはできませんでした。

槍穂高縦走48
しょうがないので、沢向こうの森にかかるガスの様子を撮ったのが、この写真です。そして、これがこの山行の最後の写真になりました。

白出沢の橋を渡ったところで、昼食をとることにしました。ちょうど木が覆いかぶさるようになっていたので、雨もさえぎってくれていました。記憶では、ブルーシートで覆われた休憩場所のようなものがあったような気もしますが、どうもはっきりしません。ガスボンベを出してお湯を沸かし、アルファ米を作ろうとしていたら、なんとガス欠になってしまいました。250gのガス缶が4日目でガス欠なんて・・・ なんという燃費の悪いバーナーでしょう。このとき使っていたのは、じつはホームセンターなどで売られているキャプテンスタッグというブランドのもので、けっこう炎が出るヘッドの直径が大きいものだったので、炎がクッカーの周辺部にばかり行って横から熱が逃げていたようです。キャンプ用品なので、ファミリー向けのもっと大型のクッカーを使うことを前提に設計されていたのでしょう。帰宅後、好日山荘に駆け込んだのはいうまでもありません。

お湯が沸かせなければ昼食は無理です。仕方がないので、生ぬるい沸きかけのお湯でスープを作り行動食で昼食を代用しました。

また、このとき着ていたレインウェアは、実は透湿性能がまったくない超安物でした。そのため、内部に思いっきり結露して雨の中を歩いたような状態でした。当然、体も冷えてきます。行動食があるのに、わざわざお湯を沸かして昼食をつくろうとしたのも、それが理由でした。まったく、今日は踏んだり蹴ったりです。おかげで、いい加減な装備は本格的な登山には通用しないということもよくわかりました。後日、ゴアテックス素材のレインウェア(モンベル ストームクルーザー)を買ったのは、このときの反省からです。

体が冷え切らないうちに昼食を切り上げ、下山を再開しました。白出沢を渡ってしまうと、登山道は森の中の普通の登山道となり、もはや危ないのはつまづきや転倒ぐらいです。やがて白出沢出会いに着き、あとは林道をただ下るだけです。雨は相変わらずポツリポツリと降り続いていました。

おわり。





ランキングアップにポチッとご協力お願いします。
にほんブログ村 アウトドアブログ 登山へ
にほんブログ村



関連記事
スポンサーサイト

| 2001年9月 槍穂高縦走 | 17:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://yamaphoto55.blog133.fc2.com/tb.php/193-d014634d

TRACKBACK

NEXT | PAGE-SELECT | PREV