ヤマふぉと

山の自然や風景をゆったりと眺め、写真を撮るために山に登る。だから、登頂や縦走を目的とせず、好きな山域でテントを張ったり小屋に連泊して、カメラ片手にのんびりと過ごす。そんなスローな山登りを楽しんでます。

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雲上の縦走路と緊張の大キレット :槍穂高連峰 vol 3

2001年9月 槍ヶ岳~奥穂高岳 単独テント泊縦走
いよいよ核心の大キレットへ!

翌朝、6時前ぐらいだったか、目が覚めてテントの外をのぞいてみると、なんと真っ白! さてどうしたものやらと思いつつしばらくごろごろしていましたが、とりあえず朝食をとることに。食後、トイレに行こうとテントを出てみると、真っ白だった世界がもとの状態に戻りつつあります。槍ヶ岳が姿を現すことを期待してカメラを持って出てみると、まるでレースのカーテンが開いていくようにガスが晴れてゆきます。そして・・・

槍穂高縦走22
槍ヶ岳出現!朝日に照らされて昨日見たよりもずっと立体的に見えます。

今日も快晴の予感です。山での天候はなぜこれほど人間の感情を左右するのでしょうか。晴れるというだけでやたら元気が出てくるし、ポジティブ思考になります。これから向かうこのルートの核心部、大キレットに対する不安感すら先ほどのガスと同様に完璧に消えてなくなったように感じます。トイレを済ませ、なぜかウキウキしながらテントを撤収すると、恐らく日本で最も魅力的な縦走ルートのひとつであろう、槍穂高の稜線に足を踏み出しました。

テント場から昨日登って来た飛騨乗越までいったん下り、そこから大喰岳へと登り返します。このあたりのルートは特に危険な箇所もなく、快適な稜線歩きのルートです。大喰岳は特に登山対象として話題に上ることもない地味な山ですが、標高3101mもあり実は北穂高岳につぐ第10位の山なのです。槍穂高の稜線上にあり、台形の山容のどこにピークがあるのかよくわからない山ですが、3000mの高所を比較的安全に長く歩けるという意味ではかなり貴重な山だと思っています。

大喰岳を越えて鞍部に下り、再び上り返して中岳へと道は続きます。

槍穂高縦走23
途中で振り返ると、どっしりとした大喰岳の背後にやや傾きながらすくっとた立ち上がった槍の姿がありました。

中岳は標高3084mで、第12位の高さを誇ります。この山も大喰岳と同様に名だたる名山にはさまれて地味で見向きもされない不遇の山です。しかし、なかなかすばらしい眺望を味わえる山であり、単に通過点として通りぎるのではなく、ゆっくりと休憩して眺めを楽しみたいところです。

槍穂高縦走24
南には穂高連峰の岩峰が折り重なるように高さを競い合っているのが見えます。

槍穂高縦走25
北には、大喰岳と槍ヶ岳の向こうに裏銀座の山々や黒部の谷にたまった雲海も見えていました。はるか眼下に雲海を見下ろしながら続く稜線の道。ここはまさに雲上の縦走路です。

槍穂高縦走26
中岳を下り南岳との鞍部まで来ると、これまでほぼまっすぐに南に向かっていたルートが少し東側に進路を変えたことで、中岳、大喰岳、槍ヶ岳が重なることなくひとつながりの尾根としてみることができます。台形の大喰岳をはさんで三角形の中岳と槍ヶ岳がバランスよく配置され、なかなかいい感じです。せっかくの雲上の縦走路です。たんに移動するだけの道のりだったり早く歩くことに目標を定めた山行なんてもったいなさすぎます。山は振り返りながら歩こう。これが僕のモットーです。といっても、歩きながら振り返ってたら命がいくつあっても足りません。時々立ち止まってゆっくりと景色を楽しもうということです。念のため。

槍穂高縦走27
南岳の頂上近くで、枯れて地面をのたうちまわったようなハイマツがありました。厳しい自然との闘いの果てに朽ち果てたのか、それとも人間が地面を踏み荒らし土砂の流出などを招いた結果なのかわかりませんが、その姿が妙に印象に残っています。そのまま写真を撮ってしまうと、たんなる枯れ木になってしまうので、白骨化した幹のうねる様子を心象風景的に表現するために、カメラの設定を変えて大きくアンダーになるように撮影しました。

南岳小屋につき、核心部に脚を踏み入れる前に休憩をとります。小屋の前で休憩しようかとも思いましたが、大キレットの様子が気になってしかたがないので、大キレットが見下ろせるところまで行って休憩することにしました。大キレットの降り口には獅子鼻という大きな岩峰がありますが、そのすぐ下まで行くと大キレットの全貌が手に取るように見えました。

槍穂高縦走28
南岳からの下りがガレた岩場の急坂のようでかなり不安がのこりますが、いったん下ってしまえば北穂高岳の手前にある小ピークあたりまでは特にやばそうな雰囲気はありません。その点では少しほっとしました。しかし、長谷川ピークらしき小ピークから先、北穂高岳の断崖絶壁を見るにつけ、とても一般登山道とは思えません。4泊5日のテント泊装備のバックパックは恐らく15kg以上はあったと思います。その重い荷物を背負ってこの稜線を越えていくことができるのか、見れば見るほど不安が募ります。もちろん、今なら槍平へエスケープすることもできます。時間は13時近くになっていたと思います。地図に書かれている標準タイムは3時間ですが、恐らくもっとかかるはず。北穂高小屋に着くのは17時近くになりそうな予感がするので、いつまでも迷っている時間はありません。体調はとくに問題なし。装備は重いがテントがあるので万一の場合でもビバークはできます。ヘッドライトもあるし、食料もあります。天候は、いまのところ大きく崩れる雰囲気はなさそうです。とすると、必要なのは決断する勇気だけ。何も特殊な登坂技術が必要なわけじゃあないし、僕より年配の人や女性だって越えて来る道です。行こう! 自分にできないはずはないと信じて、僕は北穂高岳を目指して出発しました。

槍穂高縦走29
大きく息を吸って獅子鼻の岩頭を見上げると、相変わらず深い青色の空が頭上に広がっていました。ルートはペンキマークがしっかりと描かれているので迷うことはありませんでしたが、急傾斜に浮石が多く気の抜けない状況が続きます。途中、垂直な梯子もあり、つまづきやスリップにも注意しながら一歩一歩を確実に進めながら、なんとか200mにもなろうかという岩壁を下りきることができました。この間、さすがにカメラを取り出して写真を撮ろうという精神的な余裕などなく、途中で撮影した写真は1枚もありませんでした。

槍穂高縦走30
獅子鼻の岩壁を下りきって、岩ゴロの比較的平坦な場所で休憩していると、北穂高方面から単独行の女性がやってきました。軽く挨拶はしましたが、その表情は固く相当緊張しているようでした。恐らく僕も歩いているときはあんなふうに余裕のない表情で歩いていることでしょう。

槍穂高縦走31
休憩を終えて少し下ったあたりで振り返ると、雲ひとつなかった獅子鼻の上空に一筋の雲がかかっていました。

槍穂高縦走32
よくみると、さっきすれ違った女性が垂直梯子を登りはじめていました。赤丸の部分を300mmまでズームしてみると・・・

槍穂高縦走33
彼女は梯子の一段一段を踏みしめるように慎重にゆっくりと登ってゆきました。彼女にとってはこの岩壁が最後の難関ですが、僕はまだスタートしたばかりです。のんびり見ている余裕はないので、彼女の無事を祈りつつ先を急ぎます。

槍穂高縦走34
この写真はおそらく長谷川ピークの手前で撮ったものだと思いますが、正直記憶にありません。僕は自分が撮影した写真の場所は、ほぼ覚えています。しかし、大キレットで撮影したものについては、あまり覚えていないものがほとんどです。枚数もたいしてありませんが、その数少ない写真の撮影場所すら覚えていないのです。それほど余裕のない状態だったということです。この写真にあるように、傾斜のきついナイフリッジの岩稜を、鎖に頼りながら必死で越えて行ったことだけはよく覚えています。

槍穂高縦走35
この写真もどこで撮影したものか定かではありませんが、写真の順番と風景からすると長谷川ピークの頂上あたりだろうと思います。長谷川ピークのあたりでは、信州側から飛騨側にナイフリッジを乗越すところで、かなり恐ろしい思いをしました。ナイフリッジを乗越して、下にある幅50cmほどの登山道に下りればいいのですが、急角度に切れ落ちた岩の途中に足がかりになるところが見つからず、しばらく悩んだ末に登山道まで後ろ向きにずり落ちるようにして下りたのです。もちろん、登山道までの岩の状況がどうなっているのかよく確認したうえでの行動ですが、ほんの1~2秒岩をずり落ちている時間がものすごく長く感じられ、もしもこのまま止まらなかったら・・・という恐怖に体がすっかりこわばってしまいました。無事、足の裏に登山道を感じて、体が止まった瞬間は胃がキューッと縮んだような気がしました。今思うと、もっとよく確認して安全に下りられる場所を探すべきだったと思います。こんなところでつまらないギャンブルをしても仕方がありません。なんとかなるだろうではなく、確実になんとかするというつもりでないと、安全は確保できません。

槍穂高縦走36
見上げる北穂高岳の岩壁に、いつの間にか雲がまとわりつくようになってきました。滝谷のほうからどんどん雲がわいてきます。

槍穂高縦走37
単純に岩壁だけみてもビビリそうな光景なのに、雲がまくようになるとさらにおどろおどろしい様子に見えてきます。幸い上空にはまだ雲が張り出してきていないので、天候が崩れそうな様子はありません。それでも登山道がガスで見えにくくなるというのはやっぱり不安です。獅子鼻の下で女性とすれ違ったあとは、誰ともあっていないということも、なんとなく不安な気持ちを増幅させます。もしもこの先転落しても、誰も通りかからなければ救助を呼んでもらうこともできないのです。この先には、飛騨泣きという最大の難所が待ち構えています。慎重にも慎重を重ねて乗り切らなければなりません。

槍穂高縦走38
飛騨泣きのあたりで撮った写真だと思います。飛騨泣きあたりで一番恐ろしかった場所は、こういうナイフリッジの場所ではなく、岩稜がすっぱりと切れ落ちて2mぐらいのクラックになっている場所の真ん中に、人一人がようやく立てるほどの柱状の岩があって、そこを足場にして向こう側の岩に取り付くという場所でした。なんというか、スーパーマリオが小さな足場を飛び越えて進んでいくような場面です。この足場になっている岩柱が、乗ると倒れるのではないかという恐怖感があり、いったんバックパックを下ろして、足で蹴ってみたりしてしっかりしていることを確認したことを覚えています。最近、飛騨泣きに梯子だか橋だかが設けられているような写真をみたので、今は通過しやすくなっているようです。

最大の難所を無事に越えて、ほっとするのもつかの間、今度は北穂高岳の大岩壁が待っています。鎖や鉄梯子にすがりつくようにしてよじ登り、ようやく普通に立って歩けるようなところまできたとき、おなかが痛くなってきました。昔から極度に緊張すると腹痛になることがあり、久しぶりにその症状がでたようです。いままでは緊張を強いられていたため、痛みを感じる余裕がなかったのでしょう。普通に立って歩ける場所まで来たことで、気持ちが緩んで痛みを感じる余裕ができたためと思います。社会人になってからはストレス慣れしたためか、この症状はすっかりでなくなっていたのですが、大キレット越えはさすがに相当なストレスになっていたようです。

きりきりと痛むおなかに悩まされながら、北穂高小屋にやっとたどり着いたのは、やはり17時近くになってからでした。疲労困憊でテント泊をする気にもならず、到着と同時に宿泊の申込みをしました。考えてみると、このときの北穂高小屋が初めての小屋泊です。素泊まりだったのか食事つきだったのか覚えていませんが、ここに小屋があって本当に良かったと心から感謝しました。その夜は快適な布団でゆっくりと疲れを癒したのはいうまでもありません。

翌朝、これまで見たことも無いような美しい光景に出会うことになるのですが、同時に大キレット越えをも上回る厳しい試練に直面することになりました。

つづく





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| 2001年9月 槍穂高縦走 | 02:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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