ヤマふぉと

山の自然や風景をゆったりと眺め、写真を撮るために山に登る。だから、登頂や縦走を目的とせず、好きな山域でテントを張ったり小屋に連泊して、カメラ片手にのんびりと過ごす。そんなスローな山登りを楽しんでます。

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寒風冷雨の過酷な山旅: 黒部五郎岳 vol 4

***お礼申し上げます***

本編とは無関係な話ですが、8月に入ってこのレポを書きはじめたらなぜだか突然ブログ村のランキングが上がりました。登山カテと山・森林写真カテの2つに登録している関係でポイントが2分割されますが、山・森林写真のカテではありがたいことに2位になりました。登山カテのほうでも80~100位あたりでうろうろしていたのが30位までランクアップです。応援のポチをしていただき誠にありがとうございます。自分の記憶の記録でもあるのでどうでもいいような話も織り交ぜながら書いているためどうしても文章が長くくどくなりがちですが、これからもひまつぶしがてら見ていただければ幸いです。

それから、拍手ボタンにコメントがつくことをすっかり忘れていて、コメントの確認をぜんぜんしていなかったのですが、今日なにげに見てみると、古くは2月の中蒜山の記事から数名の方にコメントをいただいておりました。お礼のコメントも書かないで、誠に申し訳ありませんでした。遅ればせながら本日、返信させていただきましたので、ご確認ください。

今後ともよろしくお願いします。






2011年7月26日~31日 岐阜・富山県境 黒部五郎岳

さて、いよいよこのレポも最終回です。

30日GPSログ1

30日GPSログ2

30日の朝は、ガスで視界は利かないものの風と雨は前日よりは多少ましになっていて、これなら出発できそうです。天気予報でも、午後から雨は止む予報になっていました。さいわい風邪が悪化することも無く、熱も出ていないようです。それでも起きるときにやや寒けとだるさを感じたので、ダウンジャケットを着て朝食の準備をしました。自炊場所に行くと、吐く息が白くなっていたので、この朝はそうとう冷え込んだみたいです。昨晩の寒けも、単に風邪気味だったということでもなかったのでしょう。

そうはいってもやっぱり食欲がわかず、1食分残っていたラーメンはパスです。熱々のポタージュスープとほとんどつぶれて団子状態になったミニクロワッサンで朝食を済ませると、ようやく体が温まり体調もよくなってきました。

5時ごろ出発の準備をしていると、後で「おはようございます」と声がしました。もおすけさんです。

僕 「おはようございます。5時30分ぐらいには出発します」

も 「どちら方面へ行く予定ですか」

僕 「予定では太郎平までですが、天気も回復しないみたいだし来た道を戻って北ノ俣避難小屋まで行こうかと。でも、夜中にちょっと寒気がしたりしたので、黒部五郎小屋から先、山小屋のないルートはちょっとリスキーな気もするし、迷ってます」

も 「風邪薬あるから差し上げますよ。ちょっと待っててください」

そういって戻っていったもおすけさんですが、しばらくして解熱剤と風邪薬を持ってきてくれました。しかも、フリーズドライの寒天雑炊と飴のプレゼント付です。本当ならこちらが差し入れのひとつも持ってくるべきところですが、こんなに親切にしていただいて大変恐縮です。その節はどうもありがとうございました。

薬が手に入ったおかげで、多少熱が出てもなんとか持ちこたえられそうだという安心感が強くなり、北ノ俣避難小屋まで一気に下ってしまうことにしました。もともとの計画では、太郎平のテント場に泊まって薬師岳を登頂して帰るという予定でしたが、この天気ではきっと行くだけ無駄です。ガスで何も見えない中、わざわざ登頂のためだけに遠回りするのもばかばかしいし、弱くなったとはいえ雨は相変わらず降っているので、沢の渡渉が何箇所もある雲ノ平・薬師沢経由のルートはあまり気が進みません。

ところで、来た道を戻るとなると再び黒部五郎岳を越えなければなりません。2日前に低体温症になりかけた場所です。今回は下りなので前回よりもリスクは小さいのですが、同じ過ちを繰り返すわけには行きません。雨具の下をどうするかです。とはいっても、すでにあの時着ていたものは汚れ物としてビニール袋の中ですから、選択肢はほとんどありません。小屋の部屋着として着ていたg・uで買った長袖アンダーシャツ、速乾性能をうたっていたワコールの男性用ブランドBROSのTシャツ、吸汗速乾性能のあるライフガードというマイナーブランドのTシャツ(しまむらで買った安物です)の3択です。g・uのアンダーシャツは黒部五郎岳の登りで着ていたアンダーシャツと同じような素材だし、長袖はまた袖口から水が滲みて冷えの原因になりそうなので却下です。とすると、残りの2種類のTシャツの重ね着しかありません。

では、どちらを下に着るかですが、BROSのTシャツのほうが薄手なので、こちらを下に着ることにしました。このTシャツは、いままでの夏山山行でブレスサーモライトウェイト長袖の上に重ね着していたものです。なので、なんとなく大丈夫だろうという意識があったようです。しかし、上に着るのと下に着るのとでは、必要な性能が異なるわけで、当然その性能に最適な生地である必要があるわけです。実は、いままでこのTシャツの素材をチェックしたことがありませんでした。いつも上に着ていたので、濡れて寒くなったという経験もないし、はなから合成繊維100%だろうと思っていたのです。しかし、実際は綿が60%ほど入っており、こんな雨の寒い日に直接肌につけるべきものではなかったのでした。そんなこととは思いもしないで、BROSのTシャツを素肌に着て、その上にライフガードのTシャツを重ね着しました。ソフトシェルをどうしようか迷いましたが、とりあえず今から着てしまうと汗でぐしょぬれになりかねないので途中で着ることにしました。

もおすけさんと
出発前にもおすけさんと記念写真を1枚。仕事に戻る彼女にお礼を言って、出かける準備を整えます。

5:47 降りしきる雨の中を出発です。いつも思うことですが、天気の悪い日に山小屋を出発するとき、何かしら不安と寂しさを感じます。その気持ちを押さえつけるように「さあ、行こう!」と自分を鼓舞するわけですが、これは単独行ゆえのものなのでしょうか、それとも誰でもそんなふうに感じるのでしょうか。

雨は強くも無く弱くも無くという感じです。三俣のテント場を流れている川の水量が増えていなかったので、もしかすると今日は登山道が激流になっていないかもと淡い期待を抱きつつ、三俣蓮華岳の巻き道へと向かいます。

来る時に激流と化していた沢筋は、さいわいちょろちょろと水が流れている程度でした。水が無いだけでなんと歩きやすかったことでしょう。しかし、途中のハイマツ林の中は登山道が深い水溜りになっていて、これを抜けるのに若干手間取りました。

黒部五郎小屋へと下る道は前回よりはましな状態でしたが、下るにつれて川となりあいかわらず石を伝って下りていかざるを得ません。

黒部五郎小屋の鞍部
28日よりもガスが薄いので、途中鞍部の様子を見ることができました。

黒部五郎小屋
7:54 黒部五郎小屋に到着です。雨はまだ降り続いています。小屋の前の水場で水を補給し、ベンチに座ってすこし休憩しようとしましたが、じっとしているとなんだかやたら寒いのです。雨具の下に山で着てはいけない代表的な素材である綿が60%も入ったTシャツを着て1時間強も歩いていたのだから当然汗でTシャツが濡れているわけで、標高2300m程度のここでさえ寒いのは当たり前です。しかし、そうとは知らないのでてっきり冷え込んで気温が低いのだろうと思っていたのでした。なんと愚かな・・・

小屋に入ってソフトシェルを着ればよかったのですが、これからお昼に向かって気温が上昇してくれば暑くなるだろうし、ここから五郎の肩まで2時間の登りだからシェルを着るほどのことはないだろうと考えて、ろくに休憩も取らないで出発したのでした。

たしかに、林間のコースでしかもカールの中なので風もほとんどなくて、その判断は間違いではありませんでした。けれども、2時間の登りの間にますますBROSのTシャツは汗をためこんで濡れていったのでした。

9:15 ダケカンバの林を抜けてカールの中へと入ってきました。カールを取り巻く巨大な岩壁が見え始めると、濁りのまったく無い清流を渡渉する地点に来ました。幸い、このとき雨は一時的に止んでいました。これはチャンスとばかり岩の上に荷物をおろして、この山行の目的にひとつであるカールの撮影をすることにしました。

五郎のカール1
周辺の視界をさえぎっていたガスも徐々に薄まって、ときおりカール上部の岩峰も見え隠れしています。

五郎のカール2
いつまた雨が降り出すのかわからないので、アングルを変えつつ急いでシャッターを切り、これまた大急ぎでもう一段上まで登りました。というのも、ガスが薄くなって黒部五郎岳のピークが姿を見せそうな雰囲気になってきたからです。

一段上まで登ってくると、予想通りガスが晴れてピークが姿を現しました。大きなテーブル状の岩の上に荷物を置き、さっきまで使っていたEOS40DのかわりにEOS5Dを取り出し、EF24mmF2.8レンズを装着しました。というのも、このときはいつもの標準ズーム28-75mmF2.8をEOS40Dに装着していたため、広角側の画角が不足していたからです。ところが、この選択が大失敗。EOS5Dの電源を入れようとしたら、なんと電源はONになっているではありませんか。えっ? と思いましたが、通常は電源がONになっていても15分ほどで自動的に電源がオフになる設定にしてあるので、シャッターボタンを軽く押せばすぐに復活するはずでした。ところが、カメラは反応しないのです。電源を入れなおしてみると、電池は空! なんと自動パワーオフ設定が解除になっていました。あわてて予備電池をひっぱりだして交換し、カメラを持って隣の岩の上まで駆け上ったときには、黒部五郎岳のピークは再びガスの中に隠れてしまいました。ガックリ・・・

こんなときはとりあえず現状すぐ使える機材で押さえのカットを撮っておいてからカメラやレンズを交換するのが鉄則なのに、画角にこだわりすぎてせっかくのシャッターチャンスを逃してしまいました。そもそも、標準ズームをEOS40Dにつけっぱなしにしておいたのが最初のミスです。メインカメラのEOS5Dに付け替えておけばなんの問題もなかったのです。それに、出発する前に機材のチェックをしておけば電池切れなんてこともなかったはずで、電池交換の時間が無ければ少なくともワンカットぐらいは撮れたはずです。天気が悪いので、写真なんて撮れないと決め付けていたのがすべての失敗の原因です。

五郎のカール3
撮った写真を見ても、手前の草地は構図的にも不必要なので、24mmである必要は無かったといえます。広大なカールの雰囲気は表現できませんが、EOS40Dでコバイケイソウの花と左上に見えていたピークを望遠でクローズアップしたほうが迫力の点ではよかったのではないかと感じます。

どうしてこの山行はこんなつまらないミスばかり重ねてしまうのでしょうか。

撮影がうまく行かなくてがっかりしていたら、雨が再び落ちてきました。しかも雨脚はいままでよりも強くなっています。まるでこちらの気持ちをみすかしているかのように、”せっかく気を利かせてシャッターチャンスを作ってやったのに、ドンくさい奴め” という嘲笑の声が雲の上から聞こえてくるようです。

おまけに、雨の中でなんども撮影していたパナソニックのコンデジTZ3も、とうとう雨でおかしくなってしまいました。レンズシャッターに水滴がついたらしくて、シャッターが途中で引っかかって完全に開かなくなってしまったのです。なので、最後は指でレンズシャッターを開いてやらなければなりません。その上突然電池が空っぽの表示が出たりするようにもなってしまいました。もともと防水カメラではないので、雨の中で撮影すればおかしくなっても当然です。アウトドアで使うには、やはり防水デジカメのほうが気兼ねなく使えていいと実感しました。一眼レフも防水性能の高い機種ならなおいいのですが、さすがにそこまでは手が回りません。せめてバックアップ用という意味でも防水コンデジを用意しておいたほうがいいかもしれません。

なんだか何もかもうまく行かなくて気持ちもトーンダウンしているところにもってきて、雨は降るし、体は冷えるし、そのうえこれからカールを取り囲む岩壁の急登を登らなければならないし、いろんなことが追い討ちをかけるようにやってきます。気持ちが盛り下がったまま重い荷物を背負い、急登に向けて歩き始めます。降り続く雨で、登山道は次第に川と化してきました。

雷岩
振り返ると、巨大な雷岩がカールの真ん中でぱっくりと割れていました。

カールの岩壁を登る道はけっこうつらい勾配です。立ち止まって息を整えていると体が冷えて寒くなるのですぐに歩き出すのですが、少し登るとまた休憩したくなります。そんなことを繰り返しながら、ようやく尾根までたどり着きました。尾根伝いに五郎の肩を目指していると、斜面下から吹き上げてくる風で体が冷やされます。震えがくるほどではないにしても、こんな状態が長く続けばちょっとやばそうな雰囲気です。五郎の肩を越えて黒部五郎岳の大斜面に入ると、来たときのような暴風雨にならないとも限りません。

10:30 撮影をして時間を費やしたわりにコースタイムどおり小屋から2時間半で五郎の肩に着きました。バックパックが2つデポされていたので、どうやら2名が頂上を目指しているようです。雨は相変わらずそこそこの強さで降り続いていますが、風はそれほどでもないので、傘を差してソフトシェルを着ることにしました。雨具を脱いでいると、太郎平方面から続々と登山者が上がってきました。見ると年配者ばかりのパーティーです。道標の前でどうするかを話し合っていましたが、ちょうどそこへ荷物をデポしていた2名が戻ってきたので、一人が頂上までの時間を尋ねていました。僕にはその回答が聞き取れなかったのですが、彼らは何事か仲間内で話し合っています。その間にこちらはソフトシェルと雨具を着て出発の準備を整えました。

彼らは話がまとまったらしく、荷物をかついで頂上に登りそのまま稜線ルートで行くようでした。2日前、稜線ルートを選んで失敗したばかりなので、さすがにそのまま黙っていることができず、彼らに声をかけました。

僕 「稜線ルートを行くんですか?」

彼 「はい」

僕 「稜線ルートはけっこうハードなルートなので、カールルートで行かれたほうが楽ですよ」

彼 「でも、頂上に登りたいので」

僕 「荷物はここにデポして登頂だけしてくればいいんじゃないですか」

彼 「でも、頂上まで1時間かかるとさっき聞いたので」

僕 「ええ? そんなにかかりませんよ。空身なら15分ぐらいで着きますよ。ゆっくり行っても20分ぐらいだと思いますよ」

彼 「え? そうなんですか? でも、1時間って・・・」

僕 「聞き間違いじゃないですか」

という会話を交わしたあと、彼らは荷物を置いて頂上へと向かいました。それにしても、もしも頂上から降りてきた2名が本当に頂上まで1時間かかるといったのであれば、どういう理由なのでしょうか。普通、分単位の話ですから「○○分」を「○○時間」と聞き間違えることはまずあり得ません。悪意を持ってだます理由はないでしょうから、往復で1時間という意味だったとしても、ちょっとかかりすぎです。頂上でゆっくりしていたのか、それとも道を間違えて時間をロスしたのかわかりませんが、往復にかかった時間をそのまま頂上までの時間として言ったとしたら、思い違いするにしてもちょっと首をかしげます。地図の標準コースタイムも時々いい加減ですが、他人の話よりも信用度は高いかもしれません。もっとも、山と高原地図には、肩から頂上までの時間は書かれていません。この地図、肝心なところで抜けていたりするのです。

そんなこんなで、小さな親切大きなお世話を押し売りして、五郎の肩をあとにしました。2日前、震える手でソフトシェルジャケットを着たハイマツ林を抜け、吹きさらしの大斜面まで出てみると、心配だった風はたいしたことはありません。これなら安心と、ジグザグの登山道をさくさく下って行きました。途中でGPSロガーの電池が切れているのに気がつきましたが、雨の中で電池交換して壊れると困るのでそのままにして進みます。

12:10 2578mのピークを過ぎて、中俣乗越への下りが始まる手前で雨があがったので、大休止をとることにしました。お昼時とあって、ちょうどお腹も空いていたところです。ベンチがわりになりそうな岩を見つけて荷物をおろし、行動食で簡単な昼食をとりました。

谷間から湧くガス
ガスが薄くなってきたので、目前の展望が開けてきました。谷間からガスが湧き上がってダイナミックな風景が展開しています。15分の休憩後、出発しました。

中俣乗越まで下ってくると、道標前の平坦な部分が大きな池のようになっていて、渡るのにひと苦労です。立ち止まったついでにGPSロガーの電池を交換しておきました。

赤木平
13:43 赤木岳への登りが始まる手前で、再び休憩をとります。気温が上がってソフトシェルを着て歩くのがつらくなってきたのです。空はあいかわらず雲に覆われていますが、ガスは晴れて視界が広がっています。赤木平周辺の広大な草地がくっきりとよく見えます。もう寒さの心配はしなくていいので安心です。ソフトシェルを脱ぐついでに、濡れて気持ちの悪いBROSのTシャツも脱ぎました。すっかり洗濯直後のような状態になっているBROSのTシャツを脱いで、その上に着ていたライフガードのTシャツだけになってみると、濡れていないこともあるのでしょうがこちらのほうがずっと快適です。はじめからこれを素肌に着ておけばよかったかも、と思ってみても後の祭りです。冬だけでなく、夏の登山でも着るものの性能と特長は理解しておく必要があることを改めて思い知ったのでした。

雷鳥の雛
往路で雷鳥の親子を見た場所で、再び親子に出会いました。おそらく同じ親子でしょう。雛鳥が元気に草地を歩き回っていました。

ハクサンイチゲのお花畑
14:02 赤木岳を越えるとハクサンイチゲのお花畑が広がっていました。北ノ俣岳を越えて太郎平方面に下ったあたりはハクサンイチゲの群落があると地図に記載されていますが、このあたりもけっこうな数のハクサンイチゲが咲いています。

北ノ俣岳山頂
14:41 北ノ俣岳山頂に着きました。往路では通過してしまいましたが、今回は登り返しですっかり疲れてしまったので大休止をとることにします。

チョコレート
1枚残っていたチョコレートを取り出して包み紙を開いてみると、ブロック状になっているはずのチョコレートがつるっとした板に変身していました。なんだか黒砂糖のお菓子みたいです。この山行でチョコレートが融けるほどの暑さはなかったので、どうやら7月に行った地元の低山に持っていったチョコレートだったようです。見た目はどうあれ味にかわりはないし、痛んでいるわけではないのでおいしくいただきました。

黒部五郎岳遠望
振り返ると、ガスの中から黒部五郎岳のピークが見え始めました。

黒部五郎岳の大斜面
ガスの切れ間に大斜面に続く登山道も見えます。こうしてみると、この道は稜線上を登っているのではなく、稜線の右側の斜面を登っているということがわかります。上のほうで左にトラバースしてハイマツ林を抜けて五郎の肩へと進んでいくところで、この稜線を乗越しているのです。あの日、台風のような暴風雨がハイマツ林に入ると突然静かになった理由は、稜線を越えたため斜面を吹き上がっていた暴風雨が頭上を飛び越えていくようになったからだったのでしょう。歩いているときはよくわかりませんでしたが、こうして離れて見ると納得です。

さあ、ここから先は下るだけです。神岡新道の分岐から急傾斜の登山道を下り、滑りやすく崩れやすい登山道に悩まされながら歩き続けます。

池塘
16:19 木道に入り、池塘のある場所まで戻ってきました。そういえば、池塘にはよく「ガキの田」という呼び名がついていますが、もちろんガキとは餓鬼のこと。この写真にあるように、貧相な稲のような水生植物が生えている様をそのように言ったとか。飢餓地獄の亡者が、実りの無い田んぼを耕し続ける罰を受けている様子を想像してのことだったのでしょうか。

16:30 避難小屋に着きました。近づいてみると中から大勢の話し声が聞こえます。土曜日なので先客がいるのは予想していましたが、なんと何処かの学校のクラブらしき団体が小屋いっぱいにシートを広げて食事の準備をしています。小屋の定員は確か10名のはずです。何人いるのか聞いてみると、9人だとか。詰めてもらえば1人分のスペースは取れるはずですが、高校生の団体の中によそものひとりだけ入るというのもどんなものかと思って小屋の外で考えていると、中から出てきたひとりが「どうしますか?」と聞いてきました。今から5時間かけて下山するのはさすがに嫌だし、小屋の前にテントを張るスペースも無いので、「悪いけど、ひとり分のスペースを空けてもらえるかな。」と頼みました。

すると、「じゃあちょっと先生に話してきます」といって小屋の下に入っていきました。そういえば、小屋の下には”新館”という看板がかかっています。最初は何かの冗談だと思っていましたが、なんと小屋の床下に宿泊場所があったのです。といっても、高床式になっている小屋の下をトタンの波板で囲って、中に構造用合板で簡易な床を作っただけの2畳ばかりの粗末な宿泊場所です。そこに引率の先生が2人入っていたのでした。

結局、先生2人が上の生徒たちと合流して”新館”を空けるのでそちらを使ってもらえないかということになり、団体の中にひとりで入り込むという状況よりも気が楽かと思ってそうさせてもらうことにしました。先生とちょっと話したところ、中高一貫校のクラブだそうで、中学生も混じっているとのことでした。

明け渡された”新館”の内部を見ると、入口は融けたチョコレートのようになった泥がたまっているし、窓はなく入口は構造用合板の板切れでふさぐだけという状態です。しかも上部に30cmほどの隙間ができるので、虫は入り放題です。こんなところに直接寝袋だけで寝るのはちょっと抵抗があります。夜中にクモやムカデが顔面を這いずり回ったら絶叫すること確実だし、ねずみがうろちょろされても困ります。まして熊なんかが来たら洒落になりません。

避難小屋でテント
幸い、なんとかシングルテントを張れるだけの広さと高さがあったので、ここにテントを張ることにしました。いままでは単なるボッカ訓練の荷物にしかなっていなかったテントですが、1度でも使う機会ができたのはよかったかもしれません。雨の心配は無いので、もちろんフライシートは無しです。このテントをフライシート無しで単独で使うのは、始めて使った北岳でのテント泊以来のことです。

最後の夜は食料をできるだけ消化してしまおうと、残っていたラーメンとアルファ米と味噌汁というチョー豪華な(どこが?)晩餐となりました。上の学生たちは遅くまで騒ぐかと思いきや、先生がいっしょだったためか、中高校生だから酒宴がそもそもできないためか、19時ごろには静かになりました。これが大学生だったり社会人や山岳会の団体だったら酒盛りで大騒ぎになっていたかもしれません。健全な中高生で助かりました。




31日GPSログ
翌朝、彼らは4時ごろ出発して行ったようです。こちらはわずか5時間の下山コースということもあって、5時ごろまでゆっくり寝ていました。床下の”新館”から這い出てみると、シンと静まり返った小屋があるだけでした。空は見事に晴れ上がり、朝焼けに染まった雲が北ノ俣岳上空に見えています。「しまった、また天気に裏切られた。」と思いましたが、いまさら薬師岳に登り返す気力はありません。薬師岳はまたおあずけになりました。

床下のテントに戻って朝食にしようかと思いましたが、せせこましい床下でテントをたたんだりするのも面倒なので、朝食前に誰もいなくなった小屋へ荷物を移動させるとことにしました。干していた雨具やぬれた衣服、荷物をまず移動させ、テントはポールだけ抜いて適当に丸めた状態で小屋に運び込みます。前夜、テント内で水をこぼしてしまったため、少し濡れていたテントを室内に干して、ゆっくりと朝食の準備です。

最後の朝食
最後の食事は、三俣山荘でもおすけさんにいただいた寒天雑炊です。昨晩の残りのご飯も入れて煮込むと、なかなかボリュームのある朝食になりました。もおすけさん、ありがとう! おいしくいただきました。食後のお茶を飲みながら、ガスバーナーを焚きっぱなしにして濡れたテントやグランドシートを乾かします。濡れたソックスなども干していましたが、こちらはさすがにどうにもならず、結局ビニール袋に入れてバックパックの中に収めました。

残っている乾いた衣服は、ウールの厚手ソックスとノースフェイスの秋冬用パンツ、ノンブランドの吸汗速乾Tシャツ、g・uの長袖アンダーシャツだけなので、着るべきものは自然と決まりました。ソックスは通常2枚履きしているので、ウールソックス1枚だと靴がブカブカしないかと気になりましたが、紐をしっかり結ぶことでなんとか足が遊ばない状態で履くことができました。秋冬用パンツは暑いかと思いましたが、ベンチレーションを全開にしておくと大丈夫みたいです。上半身はTシャツ1枚でも問題なしです。ドロドロの登山道を考慮して、泥除けにゲイターも着用し準備は万全!

8:00 名残惜しい北ノ俣避難小屋を出発です。

ガスの出た朝
朝の快晴はどこへやら、昨日と同じようなガスにまかれた天気になっていました。これなら薬師岳に登ってもガスガスで展望は期待できなかったことでしょう。

ぬかるみの道
寺地山に向けて森の中を下っていくと、初日と同じぬかるみの道が始まりました。

ニッコウキスゲのお花畑
寺地山の手前には、まだ綺麗なお花畑が残っていました。せっかくなので写真を撮って帰ることにしました。今回は2台の一眼レフボディと、4本の交換レンズを持ってきましたが、ほとんど使うことなく無駄な荷物と化していたので、せめて最後ぐらいは使ってみようというわけです。

ニッコウキスゲ1

ニッコウキスゲ2

ニッコウキスゲ3
といっても、しょせんニッコウキスゲの写真しか撮りようが無いので、たいして多くの写真は撮れませんでしたが、それでも無駄にはならなかったという気分だけでも味わえました。


寺地山山頂
10:00 寺地山山頂です。初日には笹に隠れてよく見えなかった白い看板がしっかりと見えています。笹が刈り払われたあとがあり、どうやら登山道の整備が行われたようです。この数日の悪天候の中で整備をしたのだとしたら、頭が下がる思いです。それとも、このあたりはそれほど天候が悪くなったのでしょうか。

飛越新道分岐
11:10 飛越新道分岐に到着です。

蝶々
休憩していると、ストックのストラップにきれいな蝶々が飛んできました。汗の塩分をなめていたのかもしれません。しっかりとしがみついているので、もう少し満足するまで待ってやろうと出発を先延ばししていましたが、いつまでたっても飛んでいかないので、彼らにはお引取り願って出発しました。

送電線鉄塔
12:43 送電線の鉄塔下まで戻ってきました。ここからは比較的なだらかな尾根筋を歩くだけです。

最後の登り返し
しかし、疲れのたまった足腰にはちょっとした登り返しがこたえます。二度、三度とわずかな登り返しをあえぐようにクリアし、いい加減うんざりしてきたところで再び長い登り返しが出てきました。「かんべんしてくれー」とつぶやきながらえっちらおっちら登り終えると、

飛越トンネルすぐそこ
待ちに待った道標が目に飛び込んできました。「すぐそこです」という文字がなんともうれしい瞬間でした。

駐車場が見えた
急勾配の下りの途中で、愛車の姿も見えました。無事に主人の帰りを待ってくれています。

ついに登山口
登山口が見えてくると、その向こうに愛車の姿も。たまたま見える場所に停めただけですが、なぜか尻尾を振って出迎えてくれている愛犬のような気がしてきました。

どろどろの足元
13:07 長い長い過酷な山旅が終わりました。足元はすっかりドロドロです。

シリオ712-GTXとゲイター
悪条件の山道を快適に歩かせてくれたシリオ712-GTXとトレックメイトのゲイターに感謝!

それにしても、今回はいいところのまったく無い山行でした。結局のところ思い込みと勘違いがすべての原因ですが、何度も来ている山域ということで慣れからくる油断があったのでしょう。どんな場合でも、「初心忘れるべからず」です。反省することばかりの6日間でしたが、無事戻ってこれただけでよかったと思うことにします。

突然のどしゃ降り
荷物をおろし、着替えを済ませ、ドロドロになった登山靴を側溝を流れていた流水で洗っていると、突然のどしゃ降りです。あわてて車に逃げ込んで、ホッと一息。最後もやっぱり雨に降られるわけね。なんて山行だろうと悪天候を呪いつつ、車をスタートさせました。


おしまい。



■山行データ
<所要時間> 10時間43分/5時間7分
三俣山荘5:47→三俣蓮華岳中腹巻道分岐06:52→黒部五郎小屋7:54→五郎の肩10:30→中俣乗越12:35→北ノ俣岳山頂14:41→北ノ俣避難小屋16:30

北ノ俣避難小屋8:00→寺地山10:00→神岡新道分岐点11:10→駐車場13:07


<標高差>727m(最低地点:北ノ俣避難小屋2053m、最高地点:黒部五郎の肩2780m)

<標高差>646m(最低地点:駐車場1413m、最高地点:草地道標前2059m)


<登山道情報>
黒部五郎岳カールルートの小屋からカールへ入るまでの部分は、雨のときは登山道が川になっている。勾配はたいしたことはないので、歩きやすい。カール内も迷うような場所はない。カールから稜線に上がると風が強くなることがあるので、悪天時は防寒着を上がりきる直前に用意しておくと便利。北ノ俣岳から草地の下りはスリップ注意。

神岡新道は泥道・スリップに要注意。






<おまけ>

割石温泉
とにかく、早くお風呂に入りたかったので、神岡からすぐのところにある割石温泉にやってきました。ここを訪れるのは始めてです。もともと地域の福祉施設のようで、入浴料も400円と低価格です。そのぶん、内湯だけで洗い場にはボディソープしか置いていませんが、浴室は広くて清潔でした。お湯もいい感じです。広々とした畳敷きの休憩室なんかもあって、ゆっくりするのによさそうです。






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| 2011年7月 黒部五郎岳 | 01:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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寒風冷雨の過酷な山旅: 黒部五郎岳 vol 3

2011年7月26日~31日 岐阜・富山県境 黒部五郎岳

ハイマツの陰でなんとかソフトシェルを着込んだことで、低体温症の危機から開放されてすっかり気持ちもリラックス。五郎の肩を目指して再び歩き始めました。

五郎の肩
15:03 五郎の肩は、ソフトシェルを着た場所からすぐのところにありました。せいぜい数分の距離です。あれほど荒れ狂っていた雨も風も不思議なくらい静かになっていました。斜面の傾斜方向が、今までとは違っているように感じるので、モロに風がぶち当たる斜面から、稜線を乗越た状態になったのかもしれません。ほんと、数十メートル移動するだけで山の天気はがらっと変わるので不思議です。

さて、問題はここからどちらへ向かうかです。左に行けばカールへと下る道。これは7年前の2004年9月にも選んだ道です。あの時は風は無かったもののずっと雨が降り続いていて、天気も悪いし寒いしですっかり登頂なんてどうでもよくなっていました。今回は、直前までは登頂どころではありませんでしたが、今は不思議と余裕があります。視界は悪いものの雨は止み風も弱く、特に登頂を断念しなければならない理由もありません。

荷物をデポして登頂し、カールルートで下るというのもひとつの選択肢ですが、地図の標準タイムは稜線ルートが2時間、カールルートが2時間30分です。なら、稜線ルートでいいか、ということで荷物を背負って黒部五郎岳のピークに向けて出発です。しかし、ここで大失敗をしていたのです。バカなことに、標準時間を見間違えていたのです。カールルートの2時間30分というのは、下りではなくて登りの時間だったのです。下りの所要時間は1時間40分。明らかにカールルートのほうが楽なのです。なぜこんなつまらないミスをしてしまったのでしょうか。緊張の糸が緩んだ直後だったためか、それとも7年前に歩いたときの川と化したカールルートの記憶がよみがえって無意識のうちにカールルートを否定するように脳が仕向けたのか、いずれにしても僕はわざわざ困難なルートを選んでしまったのです。

黒部五郎岳の山頂へ向けて
五郎の肩からは、ハイマツすら生えていない岩ごろの斜面を登ってゆきます。

黒部五郎岳山頂
15:25 7年ぶりのリベンジを果たすときが来ました。黒部五郎岳登頂です。すでに時間も遅いし、天気も悪いので山頂には誰もいません。なんだかしょぼくれた看板と記念撮影をして、さっさと稜線ルートへと向かいます。

稜線ルート下り1
稜線ルートは、山頂直下からしばらくはカールに面した断崖沿いに下っていくルートで、勾配もきついしちょっときわどい箇所もいくつかありました。霧が濃くて視界があまり利かないのでそれほど高度感はありませんでしたが、晴れているとかなり怖いルートだったかもしれません。

稜線ルート下り2
巨岩とハイマツが交差する中を下へ下へと降りていきます。

雷鳥
突然、足元で動くものが! と思ったら雷鳥でした。この雷鳥、人慣れしていたのか、ふてぶてしいのかわかりませんが、わずか2mぐらいの距離のところで、登山道をゆっくりとあるいており、こちらが近づいても何食わぬ顔でのんびりと草をついばんでいました。

稜線ルートの巨岩1
16:35 断崖に沿った道が終わり、ようやく普通の登山道になるかと思いきや、今度は巨岩が立ちふさがります。まあ、岩伝いの道はどこでも多少はあるものです。すぐに終わるだろうと思いつつ、滑りやすくなった岩に足をとられないよう気をつけながら乗り越えてゆくと、これが果てしなく続くのです。

稜線ルートの巨岩2
最初の巨大な岩塊を乗り越えてみると、その奥にはさらに巨大な岩が折り重なるように連なっていて、ルートを示すマーキングはその岩の上を点々と続いているではありませんか。

稜線ルートの巨岩3
27kgにもなる荷物を背負った状態で、中腰で岩を乗り越える動作のなんとつらいことか! 乗り越えても乗り越えても終わらない岩の道。ぬかるみの登山道に始まり、滑りやすく崩れやすい泥の道、濃霧、暴風、豪雨、寒さ、と多くの試練を経て、今なお巨岩が目の前に立ちふさがります。いったいぜんたい、今回の山行はどうしてこれほど過酷なのか!? 

稜線ルートの巨岩終わり
16:46 時間にするとわずか10分のことでしたが、これほど長く感じた10分は初めてです。ようやくハイマツの中に続く土の道を見たときのうれしさといったら!

やっと出た土の道
17:04 勾配も緩くなり、歩きやすい登山道になってきました。このぶんならあとは楽勝だと思っていると・・・

再び稜線ルートの巨岩
まるで嫌がらせのようにふたたび岩の道が! 半ば切れそうになりながら岩に取り付きます。

なんとか岩の難所を乗り越え、ひたすら道を下っていくと、草地のような場所に出ました。もしかしてこれが黒部五郎小屋のある鞍部か、と思いきや、道はまだまだ先に続いてゆきます。

道は沢筋へ
17:33 草地の先で雪田を越えたところから、いきなり道は細い沢筋へと変貌しました。まさか、沢筋を下るのか? ものすごく嫌な予感がしました。草地に着く前あたりから降り始めた雨が、このときには本降り状態になっており、沢筋に水が流れ込み始めていました。いままでの経験からすると、この山域で沢筋が登山道になっている場合、強い雨のときはほぼ確実に激流と化します。また、けっこうな距離を歩かされるのが普通です。5分程度で済めばましなほうで、下手をすれば15分から20分かかることも珍しくありません。気が進まないまま、この沢筋に脚を踏み入れたところ、すぐに足元に水が流れ始めました。登山道はほとんど整備されている場所が無いのではと思えるほど、足の踏み場に困るような状態です。かろうじて激流から頭を出している岩の上を伝うようにしながら、急傾斜の沢を下ること20分。いいかげん、うんざりしてきたところで、木々の隙間から黄色いテントがちらっと見えました。

黒部五郎のテント場
17:51 黒部五郎のテント場に出ました。この日、雨が降っていなければテント泊にするつもりでしたが、寒さと疲れと空腹感に加えて、かなり激しい雨が降っていたため、とてもテント泊する気分にはなれず、僕は迷うことなくテント場を通り過ぎて小屋に向かいました。

黒部五郎小屋
テント場の向こうには、真っ白いコバイケイソウのお花畑があり、その向こうに赤い屋根と茶色い壁の黒部五郎小屋が見えます。

小屋に着いて中に入ってみると、なんだかずいぶんにぎやかな雰囲気です。平日だというのにやたら人がたくさんいます。もしかして、雨でみんな逃げ込んできたのかと思ったら、なんと団体さんのご宿泊でした。受付のお兄さんに、混んでますか?と聞くと、団体さんが泊まっていますが、布団はひとり一枚で大丈夫ですとのこと。安心して受付を済ませ、ずぶぬれの雨具を脱いで雨具専用の部屋につるし、指定された部屋に上がっていきました。しかし、そこにはすでに先客がいたのです。荷物をどかしてもらおうと誰のものか聞いてみると、自分たちも同じ場所を指定されているとのことで、おやあ??? こちらは14-15と指定され、先客は12-17までの3人分とのこと。たしかに札にはそう書いてあるし、これは受付けのミスに違いないと、受付けにもどってダブルブッキングになっていると伝えると、僕のほうの部屋を間違えていたことが発覚。先ほどの向かいの部屋が正しい場所でした。

指示された部屋に入ってみると、15人ほどの定員に対して宿泊客はわずか4名ほど。到着が遅かったので、かえって空いている部屋になってラッキーでした。しかし、この部屋間違いのごたごたで、小さな失敗をしてしまったのです。最初に入った部屋で、タオルと味噌汁やスープなどの食料を入れたスタッフバッグを落としてきてしまったのです。まずいことに、そのスタッフバッグは今回の山行用に購入したばかりのもので見慣れていなかったことと、部屋にバックパックの持ち込み不可ということで、たまたまサブバッグ代わりにタオルや食料を入れたものだったので、スタッフバッグを使ったことをすっかり失念していました。

濡れたものを乾燥室に干したりして、ひととおりするべきことを終えて食事を準備していると、味噌汁類の入った袋が見当たらないことに気がつきました。バックパックの中や自分の部屋を探してみましたがみあたりません。よくよく考えてみると、最初に入った部屋へ行ったときに食料も一緒に持っていったことを思い出して、その部屋に行って見ましたが、すでに電気を消して寝ている状態だったため、うまく探すことができませんでした。このとき、スタッフバッグにいれていたことなどすっかり記憶から飛んでいて、味噌汁類を入れているメッシュの袋を探していたので、ますます気がつかなかったようです。

受付でメッシュの袋の落し物が届いていないかと聞いてみても届いていないというし、あとは北ノ俣避難小屋で入れ忘れたか、五郎の肩の手前でソフトシェルジャケットを着たときに落としたかのどちらかです。しかし、ソフトウェルジャケットを取り出したときにメッシュの袋がくっついて出てきたという記憶はないし、どう考えても気づかずに落としたとは考えられません。とすると、北ノ俣避難小屋に残っているはずです。出かけるときに確認したはずなのに、なぜ見落としたのかと不思議な気持ちですが、無いものはしかたがありません。その日は、中華丼と白湯のわびしい夕食となりました。しかし、あの袋がないと、食事時の味噌汁やスープはおろか、紅茶も飲めないことになり、食事のたびにお湯を飲むしかなくなります。これにはけっこうへこみました。

その夜、雨は猛烈な勢いで降り始めました。風もうなりをあげて吹き抜けていきます。突然台風でも発生したのかと思えるほどです。明日雨風が止んでくれることを願いつつ、20時ごろ眠りにつきました。このとき、新潟では未曾有の大雨で大きな被害が出ていたようですが、その影響をもろに受けていたようです。




28日の朝、目を覚ましてみると雨も風も相変わらずの状態です。いったいぜんたいこれはどういうことなのか。受付けのお兄さんに、台風でも来ているのかと尋ねると、そういう話は聞いていないという。でも、このあたりではこういう天気はそう珍しくは無いとも。たしかに、過去にも似たような暴風雨にあったことはあります。しかし、台風も来ていないし、大きく天候が崩れるという予報もなかったのに、どうも理解に苦しむ天気です。

宿泊者は皆あわただしく食事をとり、出発の準備を進めています。僕は今日の予定が三俣山荘までということでかなり余裕があり、ばたばたする他の宿泊者がひととおり静かになった6時ごろ起床しました。

昨日失敗したパスタの残りで朝食にするつもりで準備していると、受付けのお兄さんがやってきてスタッフバッグを差し出しながら、「これお客さんのものではないですか?」と聞いてきました。最初見慣れないスタッフバッグだと思いましたが、すぐにそれが自分のものだと気がつきました。中を見ると、タオルと味噌汁などが入ったメッシュの袋がありました。向かいの部屋の宿泊者が忘れ物として届けてくれたらしくて、メッシュの袋のことを尋ねた僕のことを覚えていてくれたようでした。これで朝食に味噌汁を飲むことができますし、食後のお茶も大丈夫。ろくなことが無い今回の山行ですが、すっかりあきらめていたものが出てきたのはラッキーでした。

早速自炊場所に行ってお湯を沸かします。前回水が多すぎたので、今回は茹で上がりにほぼ水がなくなるように水をさらに少なくしてパスタを茹でました。

28日の朝食スパゲティ
結果的に水もほぼなくなり、昨日よりもましなパスタになったのですが、どちらかというとやっぱり失敗です。というのも、パスタの茹で汁は濃縮されるとかなりとろみが出て、パスタがねっとりとしてしまったのです。やっぱり、素直に茹で汁を捨てるほうがいいようです。

8:15 のんびりと食事をとったあと、小屋を出ました。雨は衰えることなく振り続き、風は波のように強く吹いたり弱まったりという感じです。

沢と化した登山道1
小屋をぐるっと回って三俣蓮華岳への登山口の前に立ちました。このときわが目を疑いました。沢にしか見えませんが、これが登山道なのです! 昨日下ってきた稜線ルート下部の沢道に負けずとも劣らない水量豊富な川に変貌した登山道。こんなところを数十分も登っていくのかと思うと、それだけでうんざりです。フラップつきのレインスパッツのおかげで、昨日雨の中を沢下りしても靴の中に水はしみてきていませんでしたが、さすがに2日も続くと浸水してしまいかねません。とにかく、できる限り靴を濡らさないように気をつけて歩くしかありません。

沢と化した登山道2
8:45 小屋から標高差で100mほど登ってきました。沢と化した道はまだまだ続きます。

一瞬見えた黒部五郎小屋
9:02 標高差200mほど登ったところで、一瞬ガスが薄くなって黒部五郎小屋が見えましたが、カメラを取り出している間にあっというまにガスの中に掻き消えてゆきました。

巻き道分岐
10:07 休憩することもできないまま2時間近く歩き続けて、ようやく三俣山荘への巻き道分岐に着きました。天気がよければまだ歩いたことの無い三俣蓮華岳山頂へのルートを進んでもいいのですが、今日の天候でさすがに回り道をする気にはなりません。迷わず巻き道を選びます。

激流となった登山道
10:32 大きなカール状の谷を巻くようにトラバースして行くと、激流の沢にぶつかりました。その沢の真ん中に上流方向を指し示す矢印が描かれた道標が設置されていました。そういえば、昔ここを歩いたときに岩だらけの沢のような急登があったなあと思って矢印のほうを見ると、たしかに岩にペンキマークがついています。それにしてもこの激流を登れというのか? 僕は沢登りをしにきたわけではないぞ! と叫びたかったのですが、すでにあきらめの境地に達していたので、ただだまって激流に足を踏み入れたのでした。

ガスの中の雪田
10:52 激流を登りきり、ハイマツの生い茂る尾根を越えると、今度は大きな雪田です。ガスの濃いときの雪田渡りは気をつけないと反対側で登山道を見失う可能性があります。まっすぐ進んでいるつもりでも、人間は案外右か左へ曲がってゆくからです。昔、雲ノ平テント場から夜明け前に祖父岳に登ろうとして、祖父岳下にあった大きな雪田を渡ったときに反対側の登山道よりも20mぐらい右にずれたところに行ってしまい、たまたま道らしいものがあったので間違って登ってしまったことがあります。途中でルートがわからなくなって雪田までもどって事なきを得ましたが、どこで道迷いを起こすかわからないのが怖いところです。幸いこの雪田は反対側が見えないほどの大きさではなかったので、歩く方向を確認しながら渡ることができました。

11時過ぎに三俣山荘に到着しました。とりあえず、天候がどうなるか様子を見てからテント泊にするか素泊まりにするか決めさしてほしいと受付のお姉さんにお願いし、談話室で休憩させてもらうことにしました。ストーブのついている談話室は極楽です。濡れたタオルをストーブで乾かしながら14時ごろまで時間をつぶしましたが、天候が回復する見込みはないと判断して素泊まりで申込みをしました。

申込みついでにここで働いている日本ブログ村のブロガー「もおすけ」さんのことを聞いてみると、食堂にいるとのことだったので、荷物をおいたあと食堂に行ってみました。厨房から現れたもおすけさん、左足にギプスをはめていたのでびっくり。水晶岳へのボッカで捻挫したとのことですが、詳しくはご本人のブログで事の顛末をレポされているので、そちらでご確認ください。あの時はお仕事中に失礼しました。少しお話させてもらってから、三俣山荘名物のサイフォンコーヒー(600円)を味わいました。三俣山荘には何度も宿泊してますが、このコーヒーを飲んだのは初めてかもしれません。さすがに味は絶品でした。水がいいというのもあるのでしょう。

その後夕方まで本を読んだりして時間をつぶし、談話室のテレビで夕方の天気予報をみると、なんと新潟の上空に停滞前線がどっかりと居座っているではありませんか。

28日天気図
いつの間にそんなものが!? しかも新潟は大雨で大きな被害が出ているとか。雨雲の動きを衛星画像で紹介していましたが、新潟同様に黒部源流あたりも強烈な雨雲に覆われています。明日はどうしたものかと考えながら就寝しました。




三俣山荘で停滞
29日の朝も、天候はまったく変化なしでした。朝食を終え、暴風雨の中出発していく人たちを見ながら天気予報を見ようと談話室に行くと、もおすけさんもテレビを見ていました。聞くところによると烏帽子岳から下山するルートにある橋が流されて、下山できなくなった人がたくさん烏帽子小屋で停滞を余儀なくされているとか。また、有峰の有料道路も規定の雨量を上回ったとかで通行止めになっているそうです。この日の予定は雲ノ平テント場でテント泊の予定でしたが、この雨だと黒部源流の渡渉地点はおそらく渡れないので、岩苔乗越経由で行かざるを得ないでしょうが、行ったところでどしゃ降りの中でテントを張ることになるのは明白です。天気予報では8月1日にならないと天候は回復しないとの予報がでているので、無理に移動しても濡れて疲れるだけです。とりあえず、10時ごろまで様子を見ていましたが、いっこうに衰える気配を見せない雨と風にあきらめて、この日も三俣山荘に連泊することにしました。

その夜、真夜中に寒さで目が覚めました。壁際の場所だったので布団の端が壁にあたって少し隙間ができるような状態になっていたのですが、なんだか妙に寒けがします。毛布と布団を体に巻きつけるようにして寝てみたものの、寒けはおさまりません。その上、じっとりと汗も出てきます。こんなところで風邪でも引いたらたいへんです。幸い隣の布団が空いていたので、毛布を1枚拝借して自分の布団の上に掛け、布団に隙間ができないようにして丸まっていると、いつの間にか眠りに落ちていました。
 

つづく。



■山行データ
<所要時間> 2時間43分/3時間5分
黒部五郎岳の肩15:10→黒部五郎岳山頂15:25→黒部五郎小屋17:53

黒部五郎小屋8:15→巻き道分岐10:07→三俣山荘11:20


<標高差>541.6m(最低地点:黒部五郎小屋2298m、最高地点:黒部五郎岳2839.6m)

<標高差>407m(最低地点:黒部五郎小屋2298m、最高地点:巻道途中の尾根2705m)

<登山道情報>
黒部五郎岳の稜線ルートは、体力・気力ともに消耗するルート。特に雨の日はやめたほうがいい。太郎平方面から歩いてきた場合は、体も疲れているので危険度が増す。五郎の肩に荷物を置いて山頂へは空身で往復し、カールルートを下るほうが楽。少々ガスっていても、地図に書いてあるほど迷いやすいことはない。目印をしっかり探しながら行けば問題ない。カール内で急角度で曲がるような場所はない。

雨のときは三俣蓮華岳への登山道が川になるので、靴を濡らさないために雨用のゲーターを装着するのをお薦めする。靴ひも部分が隠れるフラップがついたゲーターを装着しておくと、靴の中まで水が滲みてくるのをかなりの確立で防止することができる。7月の早い時期は、三俣蓮華岳の巻道分岐地点の急斜面に雪渓が残っているので、軽アイゼンがないと恐ろしい思いをすることに。三俣山荘から巻き道を通る場合、最後にこの場面に出くわすので要注意。






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| 2011年7月 黒部五郎岳 | 17:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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寒風冷雨の過酷な山旅: 黒部五郎岳 vol 2

2011年7月26日~31日 岐阜・富山県境 黒部五郎岳


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27日の朝は午前3時ごろ目が覚めてしまいました。今日は黒部五郎岳を越えて黒部五郎小屋までの長旅です。予定では4時起きで、5時出発のつもりでした。なにしろひとりきりの避難小屋です。昨晩はすることもないので、19時には寝ていました。早く目が覚めるのも当然といえば当然です。

27日の朝食
おなかも減っていたので、朝食にすることにしました。いつもならラーメンになるところですが、ここは標高が2000mしかないので、ぜんぜん寒くはありません。なので、熱々のラーメンはこの後にとっておく事にして、今日はスパゲティを作ってみることに。サラスパをゆでてパスタソースに絡めるだけですが、問題はどう茹でるかです。パッケージには1リットル以上のお湯で茹でたらお湯を捨てなさいと書いてあります。しかしここは小屋の中。汁を捨てるためにはいちいち靴を履いて外に行かなければなりません。

そこで、茹で上がる頃に水分が少なくなっている程度のお湯で茹でるという方法に挑戦してみることにしました。多少の水分はそのままにしてパスタソースを入れれば、スープパスタのようになるのではないかと考えたわけです。しかし、これは失敗でした。まず、思っていたよりも水分が多く残ってしまい、パスタソースが薄味になってしまったことが第一の失敗です。つぎに、からし明太子というパスタソースは、熱いお湯に入れると明太子が固まってしまっておいしくないというのが第二の失敗でした。薄味の病院食のようなパスタになってしまいましたが、ほかに食べるものも無いのでそれで朝食を済ませました。普段、食事に凝ったことはしないので失敗するということはまずないのですが、今回は余計なことをしたばっかりに失敗してしまいました。しかし、このあともさまざまな失敗が待ち受けていようとは、このときは思いもしませんでした。

その後、準備をして出発しようと思っていたら、またまた雨がぱらぱらと降ってきました。時間はまだ3時30分頃です。昨日のように4時30分頃には止むかもしれないと思い、少し様子を見ることにしました。じっと座っていても仕方がないので寝袋の中に入ったのですが、これが大失敗でした。いつの間にか寝入ってしまったのです。気がつくと7時過ぎです。雨は止んでいました。こりゃあやばいと飛び起きて急いで荷物を片付けて出かけようとしたところ、またしても雨です。一度担いだ荷物をおろして雨具を引っ張り出して着こんでいると、すでに時計は午前8時近くです。この分だと、黒部五郎小屋につくのは17時をまわりそうです。

ガスに煙る避難小屋
7:50 ガスに煙る避難小屋を出発です。

草地の道標
草地の登山道まで戻り、北ノ俣岳を目指すルートを進みます。道標には1時間50分と書いてありますが、地図には2時間となっています。昭文社の山と高原地図はときどきコースタイムがいいかげんだと感じることがありますが、このルートのコースタイムはあまり正確ではないようです。昨日歩いたところでも、神岡新道分岐点から鏡池までは30分となっていましたが、実際には1時間近くかかっています。鏡池にあった道標にも神岡新道分岐点まで45分と書いてあったので、登りならやはり1時間近くかかってもおかしくないはずです。誰がどんなコンディションで歩けば30分で行けるのか、解説してほしいものです。

草地の木道
草地の道標からは昨日たどった木道を登ってゆきます。登り始めは上のほうもなんとか見えていましたが、すぐにガスが濃くなって、視界は50m程度になってしまいました。
ところでこの木道、ところどころ固定状況がいい加減になっているところがあって、うかつに足を置くとやばい箇所があります。見た目にはわかりにくいので要注意です。

草地の池塘
10分ほど登るとやや平坦になったところに池塘が集まっている場所がありました。僕は高層湿原のこういう風景がなぜか大好きなのです。幼少期になにか原体験があるというわけでもないのですが、草原の中に小さな池塘が点々とあって、そこに空が映っている。そしてその向こうにはガスがたなびいていたり、雲が流れていたりすると最高です。宮崎アニメの「ハウルの動く城」にもそんなシーンがありましたが、なぜこういう風景に心を動かされるのかは、自分でもよくわかりません。せっかくなのでここでじっくりと写真を撮りたいところですが、寝坊したせいで時間が無いので先を急ぐことにします。

やがて木道が途絶え、土の道に変わりました。おそらくもともとは普通の道だったのでしょうが、雨水が流れて侵食されたらしくて真ん中は大きくえぐられた溝のようになっています。しかも、その溝は登れば登るほど深く大きくなって行きます。場所によっては2m以上の深さがありそうなところもありました。登山道はこの溝に沿って歩くようになっており、雨でぬかるんでものすごく滑りやすい状態になっていました。その上、深くえぐられた溝のすぐそばを歩くため、うかつに溝に近いところを踏むと、簡単に地面が崩れて転落しそうになります。実際、一度左足を置いた地面が崩落し、深さ2m近い溝の中に転落しそうになったほどです。この滑りやすく崩れやすい道の区間は1時間近く続いていたのですが、転倒転落しないことに気をとられすぎて、この区間の写真を1枚も撮っていませんでした。

北ノ俣岳下部での休憩
9:35 ようやく草地を抜けて、硬い地面の道になりました。休憩するのによさそうな荒地があったので、荷物をおろして休みます。あたりは濃いガスに包まれ、標高が上がったせいで気温も低くなってきました。雨具を着たままずっと登ってきたので体はけっこう汗をかいてしまっていて、アンダーウェアは汗で濡れた状態です。じっと座っていると体が冷えてくるので、5分程度で休憩を切り上げて山頂を目指します。

北ノ俣岳下部の登り道
10:18 標高は2600mを越えてきました。北ノ俣岳の稜線まではあと少しのはずです。しかし、このあたりから次第に寒さを感じるようになって来ました。道はけっこうな急勾配ですし、動いているときに寒さを感じることはほとんどないのですが、このときは雨も降っていないし風も強くは無かったのに、行動中に背中に寒さを感じたのです。決して体調が悪いわけではありません。考えられるのは一つだけ。ウェアの汗冷えです。これまでのアルプスの山行時にいつも使っていたブレスサーモライトウェイトでこんなことはありませんでしたが、今回のアンダーウェアはブレスサーモライトウェイトよりも確実に速乾性能が劣っているウェアです。生地も厚いので汗の吸収量も多いはず。つまり汗冷えが始まったら案外長引く可能性があるということです。今はまだ、時折ひやっとする感じがあるぐらいですが、このあとの天候しだいでは防寒対策が必要になりそうです。

ところが、今回は冒頭でも書いたとおり暑さ対策にばかり気をとられ、行動中の防寒着(フリース)を持ってこなかったのです。停滞中の防寒着としてダウンジャケットがありますが、これを行動中にきたらさすがに熱すぎます。行動中の防寒着がわりとして持ってきたのは、ソフトシェルジャケットだけです。これはどちらかというとウィンドブレーカーに近いものなので、厳密な意味では防寒性能はあまり期待できません。ただ、汗冷えの主な原因は風なので、その意味では風をさえぎることで体が冷えることを防止することはできるでしょう。幸い、このソフトシェルは裏地にクリマプラスメッシュという保温素材が使われているので、ただのウィンドブレーカーよりは保温性能があるといえます。とりあえず、寒さが厳しくなってきたらソフトシェルジャケットを雨具の下に着込めばなんとかなるだろうと思っていました。しかし、このあと黒部五郎岳の登りでそれほど簡単な話ではないということを思い知ることになるのです。

北ノ俣岳への稜線
10:31 やっと稜線に上がることができました。急登が終わったところにケルンが積んでありました。地図によるといきなり雲ノ平と黒部五郎岳を結ぶ従走路に合流するかのようになっているので、最初ここが合流地点だと思い、ケルンのそばからいきなり右手方面、つまり南へ向いていくものだと勘違いしていました。しかし、ケルンから南へはなぜか下りになっています。道もあるような無いような雰囲気です。ちょっと違うなあ、と感じて行くのをやめました。ケルンの東側にあるハイマツ林の中に向かう道もありますが、最初はこれが太郎平への道だと思っていたのです。

登山道との合流点
とりあえず、その道を進んで見ると、ハイマツを抜けたところでガスの中に木道と道標が見えました。

道標
木道の前まで来ると、太郎平小屋と北ノ俣岳への方向を表示した看板もありました。このルートをたどったのは2004年のことです。こんなところまで木道が続いていたなんて、すっかり記憶から消えていました。木道に荷物をおろして腰掛けて休憩していると、登山者が北ノ俣岳方面からやってきました。ふたり組みが通り過ぎて少し後に、今度は4人のパーティーです。朝北ノ俣避難小屋をでてからここまでの間すれ違ったのは単独行男性ひとりだけだった神岡新道に比べると、やはり人の往来が多いということを実感します。さすがにメジャーなコースは違います。

10:50 たっぷり休憩をとった後、北ノ俣岳に向けて出発です。幸い雨は止んでおり、風もときおり弱く吹く程度で、先ほど感じた寒さは感じなくなっていました。

11:00 北ノ俣岳山頂に着きましたが、ガスで視界はなく、神岡新道との分岐からまだ10分しかたっていないので、停まらずに先に進みます。

11:35 先の休憩から45分もたっているしお腹も空いてきたので、そろそろ休憩したいところです。赤木岳を越えたあたりでちょうどいいテーブル状の岩があったので、荷物をおろして休憩することにしました。東側の斜面には雪渓が残り、西側には草地とハイマツが広がっています。雷鳥が好みそうなロケーションです。岩に座ってチョコレートを食べていると、「グウェー」という雷鳥の鳴き声が聞こえてきました。じっと聞き耳を立てていると、「クゥクゥ」という母鳥が雛を呼ぶ声も聞こえてきました。雪渓の方から聞こえてくるのでそちらに目を向けると、いました。母親らしい雷鳥と小さな雛の姿が4羽。

うずくまる雷鳥
バックパックから一眼レフを取り出して雪渓のほうへ行ってみると、雛鳥の姿はなく母鳥だけが雪渓そばの草地に体を膨らませてうずくまっています。

IMG_2839.jpg
とりあえず母鳥だけでも写真に撮ろうと近寄って行き何枚か写真を撮っていると、母鳥がさっと立上りました。そのおなかの下から現れたのは、元気な雛鳥が4羽。1羽だけ何に興味があったのかあさっての方向を向いていますが、みなピヨピヨと鳴きながら元気そうです。そういえば、雷鳥は雛が低体温症にならないようにときどきおなかの下に集めて暖めてやるという話を聞いたことがありますが、それをやっていたのかもしれません。

雷鳥の撮影を終えて荷物のところに戻ってくると、太郎平の方から女性が2名やってきた。少し話をしていてわかったことですが、なんと折立から直接来たということでした。当然、このまま黒部五郎小屋まで行くわけで、どえらい健脚のふたりでした。僕はこのあともちょっと早めの昼食をとっていたので、このふたりは先に行ってしまいましたが、このあとふたりの姿を見ることは無く、想像通りの健脚だったようです。

二人の姿を見送った後、15分ほどして出発しました。雨はまだ降り始めていないもののガスは濃くなってきたように感じます。展望の無い登山道ほどつまらないものはありません。目の前の道と両脇のハイマツや雑草だけを見ながら延々と歩き続けました。

黒部五郎岳手前の鞍部
13:45 黒部五郎岳の西側にある2578mピークを過ぎた鞍部まできました。ここからいよいよ黒部五郎岳の大斜面を登ることになります。

2578mのピーク
前衛峰のような小さな岩峰を越えたら、そこから先は五郎の肩まで標高差250mほどの急登が始まります。

黒部五郎岳の登り
ざれた急傾斜の道が続きます。ガスは相変わらず濃密で、視界は30mもない感じです。標高が高くなるにしたがって次第に風が出てきました。やがて雨も落ち始めます。風と雨は登れば登るほど強くなってきました。雨具を着たままずっと歩いてきたために、アンダーウェアは汗をたっぷり吸って湿ったままです。風はやがて体を揺さぶるような強さになってきました。ときどき「ビュホッー!」という音を伴って突風が駆け抜けてゆきます。そのたびに誰かに突き飛ばされたようにバランスを崩し、あわててストックで体制を立て直さなくてはいけないほどになってきました。雨はまるで石つぶてのような音を立てて雨具をたたいています。風の音と雨の音は、まるで滝つぼのすぐそばに立っているかのような猛烈な音圧を伴って体を包み、自分の声すら聞こえないのではないかと思えるほどの騒音となってきました。

雨水の浸入防止と風に飛ばされないように雨具のフードの紐を締めざるを得ず、その結果上方の視界がさえぎられ登山道の先が確認できない状態になってしまいました。ジグザグに斜面を登っていく道ですが、直進なのかターンするのかどちらにも取れるような場所がいくつも出てきます。どちらが正しいのか曲がり角ごとに確認しないと、登山道から外れてしまいかねません。こんな濃霧の中でルートを見失ったらリカバリするのも大変ですし、ましてこの風と雨の中です。時間と体力のロスはできるだけ避けなければなりません。

しかし、この確認作業が問題でした。立ち止まって腕を上げてフードを引っ張り上げると、雨具の袖口から雨水がウェア内にしみこんでくるのです。袖口のベルクロをどんなにしっかり締めてみても、滝のように雨具を流れ落ちる雨水は、わずかな隙間を見つけてウェア内に侵入してくるのです。はじめのうちは袖口が濡れただけでしたが、なんども繰り返しているうちに次第に腕全体に水がしみてきて、やがてわき腹のほうまで冷たい感触が広がり始めました。そのうち、背中やおなかのほうでも寒さを感じるようになり、やがてその寒さは本格的な冷たさへと変化してきました。汗冷えを通り越して、濡れた服を着たときのひやりとした冷たさが継続的に続くようになってきたのです。登山道を確認するためにほんの数秒たちどまっただけでも震えがくるほどです。

「こいつはやばい・・・」。
まじでそう思いました。自分は標高2800mを越える山頂への上りの途中にいます。これからさらに標高をあげていけば確実に雨風ともに強まるでしょうし、冷えはさらに加速することでしょう。そうかといってこの暴風雨の中で雨具を脱いでソフトシェルを着るなんてのは、正気の沙汰ではありません。雨具を脱いだ瞬間にずぶぬれになるのは確実ですし、一気に体温を持って行かれるでしょう。下手をすると上着やソフトシェルを突風で飛ばされかねません。そんなことになったらますます窮地に陥ることになります。寒くなったらソフトシェルを着ればいいなんて考えが、いかに浅はかだったか思い知ったのです。着たくても着れない状況になるということを、まったく予想もしていませんでした。しかし、そんなことを悔やんでいる場合ではありません。このまま体が冷えて体温が奪われ続ければ、低体温症になることは確実です。今何が最善の方法なのか、それを考えなければなりません。

時計を見ると時間は14時30分を回っていました。GPSの標高は2650mほどの値を示しています。黒部五郎岳の肩の標高は知りませんが、五郎の標高が2839mですから恐らく100m低い2750mぐらいだと思われます。とすると、あと100m登ればひとまず肩を越えてカールの底に下りることができます。南西から吹き付けてくるこの暴風雨は、カールに入ればきっと弱まるはずです。風さえ弱まれば傘を差してソフトシェルを着ることも可能になるでしょう。もちろん必ずそうなるという保証はありません。しかし、地形から考えれば、かなりの確率で風は弱まると考えられます。

後退した場合はどうでしょう。いまから下ってもしばらくはこの暴風雨の中を歩くことにかわりはありませんが、下れば気温が高くなることは確実です。しかし、この風の中で1度気温が上がったからといって汗冷えが平気になるほどの効果が果たしてあるでしょうか。それに、下ったからといって逃げ込める小屋はありません。この下の鞍部だって2500mの標高があるのです。そこまで下ったからといって雨風が弱まる保証は何も無いのです。そして、下った場合は鞍部でテントを張ってビバークするよりほかに選択肢はありません。暴風雨の中でテントを張るというのもあまり気が進みませんし、この天候が果たして今だけなのか、それもわからないのです。後々のことを考えれば、なんとかして黒部五郎小屋へたどり着くほうがやはりいいと思われます。それに、ビバークするにしても五郎のカールまで降りてそこでしたほうが、万一の場合にも小屋まで2時間でたどり着くことが可能です。後退して鞍部でビバークした場合、2時間でたどりつける小屋はありません。

問題は100mの標高差を自分は何分で登れるのかです。三俣山荘から鷲羽岳まで1時間強で登っているので、標高差は約300mあることから計算すると、100mなら20分程度ということになります。今の状況で20分の登攀はかなり厳しいと感じますが、20分ならなんとか低体温症になる前に切り抜けられそうな気がします。止まれば震えがきますが、歩いている間は寒いけれど震えがくる状態にはなっていません。とにかく動き続けているうちはなんとかなるはずです。もちろん、20分の間に歩いていても震えがくる状態にならないという保証はありませんが、こればっかりは、感にたよるしかないのです。

ほんの数十秒だったのか、それとも数分だったのかわかりませんが、歩きながら考えた結果、上を目指すことに決めました。とにかく、立ち止まらずに歩き続けることだけを考えて、まるで台風のような暴風雨の中をひたすら登り続けました。やがて、登山道が左方向にトラバースするような直線になり、ハイマツ林の中に入りました。そのとき、雨風ともに突然おさまったのです。風はまだ無風というわけではありませんでしたが、雨はほぼ止みかけのような状態です。そして、うまい具合にちょうど荷物をおろして腰掛けられるほどの岩が登山道脇に現れました。これはソフトシェルを着る絶好のチャンスだと思いました。ほんの一瞬、雨や風が止むということはよくあることです。もちろん、この先雨も風も完全に止む可能性もありますが、そんな不確実なことをあてにしてられません。今、着られるのなら着ておくべきです。数分後には、再び暴風雨が吹き荒れているかもしれません。

急いで荷物をおろし、ソフトシェルを引っ張り出して雨具の下に着込みました。長時間雨風さらしだった手はかじかんで思うように指が動きません。しかも、雨に濡れた手がソフトシェルの裏地に引っかかってなかなか腕をとおすことができませんでした。じれったい思いをしながらも、なんとか体を冷やすことなくソフトシェルを着ることができました。このぺらぺらのソフトシェルを羽織った瞬間、背中に暖かさを感じました。「助かった」。心の底からそう感じました。


つづく。



■山行データ
<所要時間> 7時間13分
北ノ俣避難小屋7:50→北ノ俣神岡新道分岐点10:33→中俣乗越12:43→黒部五郎岳の肩15:03

<標高差>727m(最低地点:北ノ俣避難小屋2053m、最高地点:黒部五郎岳の肩2780m)

<登山道情報>
北ノ俣避難小屋から草地を登るルートは、山と高原地図に出ているルートと現状は違っているようだ。地図のように草地の中間あたりで湿地帯に立ち寄るような場所は無かった。もっとも自分の地図は2003年版なので、もしかしたら最新の地図では修正されているのかもしれない。木道から上はかなり滑りやすいので要注意。深い溝の脇を歩くときは、路肩の崩落にも注意が必要。登りきったところにケルンがあるが、そこからさらに左奥のハイマツ林の中に進んでいくと木道に合流する。ケルンから右に下らないように。北ノ俣岳から黒部五郎岳まではなだらかな稜線の道で、危険な場所や迷いやすいところはない。黒部五郎岳の急登は雨風が強くなることがあるので、天候が悪い場合は登り始める前に防寒や雨対策をしておくこと。






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| 2011年7月 黒部五郎岳 | 01:38 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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寒風冷雨の過酷な山旅: 黒部五郎岳 vol 1

2011年7月26日~31日 岐阜・富山県境 黒部五郎岳

今回の山行は、いまだかつて無い最悪のものとなりました。何が最悪かというと、もちろん天気。それだけでなく、登山道の状態、計画の消化具合、装備関係などなど、どれもこれも悪いほうにばかり転んでしまい、いまだかつてないつらい山旅でした。もともとは「黒部源流の山旅」という予定でしたが、結果的に三俣山荘まで往復しただけで、途中通過地点である黒部五郎岳に登頂した以外なにもない山行になりました。



7月最終週に予定を決めたのは、いつものことといえばそれまでですが、要するに早く行っても高山植物が開花していないからです。やはり夏山の写真には、綺麗なお花畑と名峰の組み合わせがほしいわけです。しかし、時期的には梅雨明け直後の7月中旬あたりのほうが天気がいい場合も多く、7月下旬は不思議と天気が良くないことが多いのですが、それでも過去にはたいてい1日は好天に恵まれていました。

今回は台風が過ぎ去ったあとだったので、快晴とまでは行かなくてもそこそこ好天に恵まれるのではないかという思いが先に立ち、荷物も暑さ対策に重きを置いたものに自然となっていました。この思い込みに拍車をかけたのが、直前まで注視していた天気予報です。

7月25日衛星写真
25日の衛星画像では大陸に特別やばそうな雲は無く、これならしばらくは安定した天候が続くだろうと考えたわけです。この時点でフィリピン東方に熱帯低気圧が発生していましたが、台風に発達したとしても日本に影響を及ぼすには数日はかかるだろうと考えていました。また、中国大陸には低気圧がいくつかできていましたが、等圧線の間隔が広く、気圧もそれほど低いわけでもなかったので、曇りがちぐらいの天候だろうと予想していました。長期予報でも曇りの予報が続いていました。

そんなわけで、今回はスポーツウェアとして販売されている吸湿速乾ストレッチ素材のアンダーウェア上下と短パン・Tシャツを着用することにしました。いわゆる山ガール・山ボーイスタイルです。県内の低山で試した限りでは、いつも着用しているブレスサーモライトウェイト長袖に比べると速乾性能は劣るもののからっとした着心地は悪くなく、汗をかいても快適でした。特に下半身の涼しさは登山パンツよりもかなり快適です。天候がそれほど荒れないのであれば、多少速乾性能が悪くてもあまり汗冷えを心配しなくていいだろうし、生地が厚めの分夜間の冷え込みにはかえって有利だろうぐらいに思っていたのでした。しかし、これが大きな間違いだったのです。

7月26日GPS地図
そして、今回選んだ登山道が飛越新道・神岡新道です。黒部源流域への登山ルートの中でも読売新道と肩を並べるマイナーなルートですが、知名度からすれば読売新道よりもはるかにマイナーかもしれません。なぜこのルートにしたかというと、折立ルートも小池新道もすでに何度もたどっており飽きていたことです。また、北ノ俣岳の手前に湿原が広がっているということで、湿原好きの自分としてはやっぱり見ておきたかったというのもありました。しかし、この選択も間違いのもとでした。


さて、25日の夜に富山に着いて、食事と風呂を済ませたあと、いつものように神岡方面へと向かいました。当初の予定では飛越トンネル入口まで行って車中泊の予定でしたが、通ったことの無い真っ暗な山道を走ると道迷いの可能性があることや、水場がなさそうという理由で、神岡の道の駅で車中泊することにしました。

26日の明け方4時ごろ、どしゃ降りの音で目が覚めました。うそだろ?と思いながらしばらく様子を見ていると、4時30分頃には雨が止んだのでほっと胸をなでおろし、急いで朝食をとり5時過ぎに出発しました。

飛越トンネルに向かうルートは道の駅のすぐ近くから出ている県道484号を使うほうが早そうですが、なにしろ3桁県道です。地図でみただけでもそのジグザグさと道の細さにどうも気が進まず、遠回りながら上宝町双六から双六川沿いの大規模林道で行くことにしました。こちらの道は対向2車線の広い道で、走りやすいいい道です。気持ちよく車を走らせていると、路肩のガードレール下に黒い動物がいるのが見えました。ん?と思ってよく見ると、なんと熊です。車が近づくとすぐに藪の中に消えていきました。大きさからするとツキノワグマの子供だったようですが、野生の熊を見たのはこれが初めてです。これから通る登山道で、もしかして熊と遭遇なんてことになったら・・・とこの時点でかなりビビリが入ってしまいました。熊除けの鈴は一応持っていますが、あんまり大きな音が出ないのでいつも買い換えようかなんて思いながらそのままにしてきたつけをこんなところで払わされるのかと、すっかりトーンダウンです。

飛越トンネル前
6時過ぎに飛越トンネル入り口に着きました。駐車場には車が4台ほど停まっていました。新穂高温泉や折立の駐車場に比べるとさすがにがらがらです。簡易型のトイレはあったもののやはり水場は無く、飲み水として2リットルのペットボトルをスーパーで買ってきたのは正解でした。プラティパスに水を詰め替えハイドレーションチューブを取り付けましたが、バックパックの中に押し込むにはややきつかったので、フロントのポケットの中に入れることにしました。ただ、これだとチューブの長さがぎりぎりで、首を真横にしてなんとか飲めるという状況でした。それでも、むりやり内部に押し込んで、破れて荷物を濡らしてしまったら馬鹿らしいので、とりあえずこのままいくことにしました。

飛越新道入口
6:40 出発です。トンネルに向かって左手にある電柱のところから登山道が続いています。

登山口からトンネル上の稜線まではけっこうな急登らしいので、あせらずゆっくり行くことにします。

飛越新道
以前誰かのブログで見た情報では、草ぼうぼうのルートだと書かれていましたが、登山道脇の笹や雑草は綺麗に刈り取られていました。

尾根上に出たところ
7:02 尾根まで登ってきました。ここから道は右手に曲がり、稜線に沿って東に向かいます。比較的緩やかなアップダウンをこなしながら15分ほど歩くと、送電線の鉄塔下を通過します。ここからややきついのぼりが始まります。

くま洞峠道標
7:51 くま洞峠という看板があるところに来ました。地図には記載の無い場所なので、いったいどこらあたりなのかよくわかりません。

くま洞峠地図
帰宅後調べてみると、登山口と神岡新道分岐とのちょうど中間あたりで、登山道が90度に屈曲する場所だったようです。

すべる木ブロック
くま洞峠から先はあまり高低差の無い緩やかな尾根歩きが続きますが、このあたりから道はぬかるみになっている場所が多くなってきました。そして、ぬかるんでいるところには、写真のような丸太を輪切りにしたものを敷いていたりするのですが、これがまた氷のようによく滑るのです。どうせ敷くのならチェーンソーで滑り止めの溝ぐらい掘ってくれればいいのですが、何の加工もしていない湿った木の切り口はまるで登山者を陥れるためのトラップのようなものです。これ以後、こういうものがたくさん出てくるので、この道は要注意です。

ぬかるむ登山道
ずぶずぶのぬかるんだ道を進み、

木の根
木の根が折り重なる場所を乗り越えて進んでいくと、

道端のニッコウキスゲ
道端にニッコウキスゲの群落が現れました。

ニッコウキスゲの群落
ちょうど登りがきつくなってしんどいときだったので、さわやかな黄色の花に癒されたような気がしました。

神岡新道分岐の広場
9:23 やっと標高1842mの神岡新道との合流点に着きました。明け方どしゃ降りがあったためか途中の道はどこも地面が濡れていて、ここまで荷物をおろして休憩することができませんでしたが、ここは6畳ほどの広場になっていて乾いた地面だったので、やっと荷物をおろして休憩することができました。

神岡新道分岐
立木に取り付けられていた道標の下に、「神岡新道は草刈などの整備をしていないので通行に注意してください」という注意書きが掲示してありました。最近はここから下の神岡新道はあまり利用されていないようです。15分ほど休憩してから、寺地山に向けて出発しました。

神岡新道
神岡新道に入ってから寺地山までの道は、平坦な尾根を行くフラットな道です。そのぶんぬかるみ度も増してきます。

ギンリュウソウらしきもの
足元に不思議な花のようなキノコのようなものがありました。最初ギンリュウソウだろうと思っていましたが、頭の形がなんとなく違う気がします。なんだか目玉オヤジみたいな頭でちょっと不気味。まあ、ここから頭が開いて見慣れたギンリュウソウの形になるのかもしれません。

ニッコウキスゲのお花畑
10分ほど歩くと突然ニッコウキスゲが満開のお花畑に出ました。黄色い花に彩られた登山道なんて、見るのも通るのも初めてです。

ニッコウキスゲのアップ
いままでこれほどたくさんのニッコウキスゲを見たことが無かったので、荷物の重さも忘れてすっかりいい気分で歩くことができました。

湿原状態の道
しかし、すぐに厳しい現実に直面しました。登山道は、ぬかるみというレベルを通り越して湿原地帯の様相を呈してきました。ストックで地面の状態を確認してみると、脚を踏み入れれば確実にくるぶしあたりまで埋まりそうな状態です。ぬかるみの縁を回りこんでやわらかいところを避けながら歩かなければならず、神経も使うしスピードも上がりません。

お花畑とぬかるみの道
これ以後たびたびお花畑があるものの、道は泥沼状態が普通になり、花に癒されながらもぬかるみにうんざりするという山行が2時間以上も続くことになるのです。

さらに精神的に消耗させられたのが、フラットすぎる道の状態でした。神岡新道合流点から寺地山までは直線距離で約2.5kmありますが、その間の標高差はわずか150mほどしかないのです。新穂高温泉からわさび平までだって標高差は約200mあるのです。林道よりも標高差がない登山道なんて、効率が悪すぎます。歩いても歩いても標高を稼げず、ぬかるみが行く手を阻み、つるつるの木のブロックに神経をすり減らし、その上ストックが簡単には抜けないのでいちいち力を入れて引き抜かなければならないなど、精神的な消耗だけでなく体力的にも厳しいルートだったのです。マイナーなルートは、それなりの理由があるから人気が無いということがよくわかりました。やはり登山道は潔いのが一番です。登るなら登る。それも中途半端に緩いのではなく一気に高みを目指すというのがやる気も出るし、めんどうくさくなくていいです。下るときも一気に下ると思いのほか早く下れて疲れません。

鏡池
10:38 神岡新道分岐と寺地山の中間にある鏡池に着きました。鏡池というからにはそこそこの池があるのかと思っていましたが、湿原の中の直径わずか1.5m程度の小さな水溜りのような池でした。ただ、この鏡池のある場所はかなり広いお花畑になっていて、半端ない数のニッコウキスゲが咲き乱れていました。

寺地山への登り
鏡池からは寺地山への登りとなります。いままでがほとんどフラットに近かったためか、このわずかな上り坂がけっこうな急登に感じてしまうのも、精神的・肉体的につらいものがありました。

ドライパイナップル
たまりかねて途中で一度荷物をおろし、甘いものでエネルギー補給です。チョコレートは定番ですが、今回初めて持ってきたドライパイナップルがめちゃうまでした。甘酸っぱいパイナップルの風味が疲れた体に心地よく染み渡ります。

寺地山頂上
11:17 あえぎながらやっと寺地山に到着です。標高1996mですが、GPSではなぜか2003mになっていました。山頂の少し手前にもニッコウキスゲの花畑がありましたが、山頂の道標前のほうが地面が乾いていて休憩するには適しています。もっとも、展望のまったく無い山頂なので、たんなる休憩場所としてしか意味はありません。ただ、山頂を越えて北ノ俣岳方面へ向かう下り斜面からは展望が開けていました。でも、あいにくのガスでこの日は何も見えずです。

寺地山から北ノ俣避難小屋までのルートも、一度鞍部に下りるため相変わらずのぬかるみ地獄でした。それでも上り返し始めると次第に状態がよくなり、歩きやすくなります。

北ノ俣岳の草地
12:41 森が突然切れて目の前に大きな草地が見えました。北ノ俣岳西面にこんな大きな草地が広がっているとは知りませんでした。

草地からの展望
振り返ると、いつの間にかガスが晴れて、遠くの山並みまで見えるようになっていました。

北ノ俣避難小屋外観
12:55 北ノ俣避難小屋に到着です。ちょっと遅いですがお昼の時間なので、ここでゆっくりと昼食をとることにしました。

避難小屋内部
小屋のすぐ前に水場もあり、中はわりとこぎれいで、奥のドアを出たところにトイレもあるので、これなら宿泊してもいいかという感じです。

行動食で軽い昼食を食べながらこのあとのことを考えました。13時30分に出発したとして、太郎平まで3時間、テント場までさらに20分かかるので、休憩込みで約4時間が必要になります。とするとテントを張り終えたら18時頃です。時間的にはそれほど問題ないのですが、今から2時間登って2時間下るというのがどうもめんどくさいという気になってきました。その上、明日の朝は再び1時間半かけて北ノ俣まで戻ってこなければならないのです。なんだかものすごく時間の無駄のような気がします。ここまでの道のりでけっこう疲れていたこともあって、それならここに泊まったほうが体も休まるし効率的だろうと判断し、太郎平はキャンセルして避難小屋に宿泊することにしました。

昼食後、時間があったのでカメラだけもって草地のほうへ少し上がってみることにしました。避難小屋への分岐から上には木道が続いており、ぬかるみの道にうんざりしていた身にとっては、この上なく心地いいルートです。

草地の上部からの展望
10分ほど登ったところで木道にすわり、流れ行く雲と静かな風景をのんびりと眺めていました。そういえば、ここに来るまでにすれ違った人はわずか6人しかいません。今はもう人影も無く、静かな時間が流れています。登山道としては状態も良くないし効率も悪いし、けっして好んで歩きたい道ではありませんが、静かな山旅ができるという点においてはマイナーなルートならではの利点があるといえます。

けっこう長い時間ボーッと過ごした後、小屋に戻って宿泊の準備をしました。テントを張らなくて済むというのはやはり便利です。銀マットを敷いて、サーマレストのマットを膨らませ、シュラフを広げればそれでOK。あとは水の確保と食事の用意ですが、水は小屋の前までホースが引いてあるので、わざわざ遠くまで汲みに行く必要も無く、なんだかこじんまりとまとまっていて便利な小屋です。

26日夕食
17時には夕食をとりました。レトルトカレーとアルファ米は代わり映えのしないところですが、インスタントの豚汁に魚肉ソーセージを入れて気持ちだけ豪華なディナーです。

種抜き干し梅
食後は、紅茶を飲みつつ、疲労回復をはかるため種抜き干し梅をほおばります。この干し梅、軽いし塩分も取れるしクエン酸効果で疲労回復に利きそうだし、山食にはうってうけです。

日が暮れても誰も来なかったので、避難小屋は貸しきり状態となり、ひとりのびのびと使って寝ることができました。

つづく。


■山行データ
<所要時間> 6時間15分
駐車場6:40→トンネル上7:02→くま洞峠7:51→神岡新道分岐点9:23→鏡池10:38→寺地山11:17→北ノ俣避難小屋12:55

<標高差>646m(最低地点:駐車場1413m、最高地点:草地道標前2059m)

<登山道情報>
くま洞峠あたりから上の登山道はぬかるみが多い。特に神岡新道分岐点から寺地山間は湿原のような場所が多いので、登山靴に防水スプレーをしっかりと塗布しておいたほうがいい。また、泥汚れを防止するためにロングスパッツを装着することをお薦めする。ぬかるみに埋め込んでいる丸太の輪切りは、表面が湿っていると非常に滑りやすいので要注意。北ノ俣避難小屋は無人の小屋にしては綺麗に使われている。水は小屋までホースで引かれているので便利だ。トイレもあるが、それなりに汚れている。匂いはかなり強烈で、紙は常備されていないので持参が原則。小屋内にペーパーが置いてあることもある。使用済みの紙は自分で処理すること。くれぐれもトイレに捨てないように。






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| 2011年7月 黒部五郎岳 | 18:03 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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