ヤマふぉと

山の自然や風景をゆったりと眺め、写真を撮るために山に登る。だから、登頂や縦走を目的とせず、好きな山域でテントを張ったり小屋に連泊して、カメラ片手にのんびりと過ごす。そんなスローな山登りを楽しんでます。

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雲上の縦走路と緊張の大キレット :槍穂高連峰 vol 4

2001年9月 槍ヶ岳~奥穂高岳 単独テント泊縦走
天国と地獄を見た日

へとへとになって大キレットを越えてきた翌朝、北穂高岳山頂から壮大な朝焼けを期待して早起きしました。日の出前に起きて小屋の外に出てみると、空はどんよりとした曇り空です。上空には重い雲が垂れ込め、眼下には雲海が広がって、ちょうど雲と雲の隙間にできた空間に立っているような奇妙な空模様でした。昨日まであんなにスカッと晴れていたのに・・・ 3100mの高みから朝日に燃える槍の姿を見たかったのに、なんで肝心なときに天気が崩れるのでしょうか。さっさとあきらめて小屋に入って、もう少し惰眠をむさぼっても良かったのですが、なぜか諦めがつかずテラスでうだうだしていたら、哀れに思ったのか神様は願いを聞き入れてくれたようです。


槍穂高縦走39
東の空の雲間から、幾筋もの光が差し込み、雲海の上をサーチライトのごとく照らし出し始めました。はるか彼方の雲は、まるで朝焼けのように赤く焼けています。雲が朝焼けになる場合、普通は太陽が雲よりも下にあるとき、つまり日の出前の状態にあるはずです。しかし、光は上空の雲から差し込んできています。朝焼け雲を作り出しているのが地平線下の太陽なら、上から来る光はいったい何なんでしょうか。まさか神様の降臨!? 

槍穂高縦走40
とにかく、その美しさは言葉にできないほどのものでした。

槍穂高縦走41
夜明けの青い空気と雲間からこぼれる光、そして真っ赤に焼けた雲。

槍穂高縦走42
わずか3000mの高さですが、ここはまさしく神々の座なのかもしれない。そんなことを考えながら、ぼくは静かにシャッターを切り続けました。

やがて美しくも不思議な時間が終わり、あたりは曇った朝特有の青く冷たい感じの空気に包まれました。上空の雲と眼下の雲海は、中途半端に混ざり合いながらすっかり冷め切ったスープのように沈殿しています。

槍穂高縦走43
昨日越えてきた大キレットは、その険しい様相とは裏腹に静かに伸びやかに朝の空気の中に稜線を連ねています。北穂直下の絶壁が眼前に大きく見える関係からか、南岳から見たときよりも険しいルートに見えます。このとき、ここをもう一度渡れといわれたら、即座に断ったことでしょう。それぐらい神経を消耗したルートでした。

夜明けの美しい光景を見た余韻が冷め切らぬうちに、小屋に戻って出発の準備をしました。宿泊客はあまり多くありませんでしたが、皆出発準備を整えて小屋の入口付近に集まっています。僕も荷物を詰め込んで靴を履き、入口前のテラスに出ました。ベンチに座って今日のルートを地図で確認します。

北穂高岳から涸沢岳を経由して穂高岳山荘まで行き、荷物を預けて奥穂高岳に登頂したあと穂高岳山荘横のテント場でテント泊というのが本日の予定です。距離的にはたいしたことは無いのですが、大キレットと大差ないハードなルートらしい。それでも、距離が短い分、昨日よりは楽に越えられるだろうと考えていました。

ところが、さあ出発というタイミングでなんと雨がぽつぽつと落ちてきました。これはやばいことになった! そうじゃなくても滑落や転落事故が起こりやすいルートだというのに、この上雨で岩が濡れてしまうと、滑りやすくなってさらに危険度が増してしまいます。今はまだぽつぽつと落ちてきているというレベルの雨ですが、この後どうなるかわかりません。一瞬停滞しようかとも考えましたが、標準時間2時間30分のルートです。めちゃくちゃ慎重にゆっくり歩いて倍の時間がかかっても5時間。それなら楽勝でお昼過ぎには穂高岳山荘にたどり着くことができます。であれば、多少雨がきつくなっても大丈夫。バックパックからレインウェアを引っ張り出して着込んだら、すぐに出発しました。

北穂高岳の頂上を越えて南峰を涸沢側に回りこみ、ガレて不安定な急傾斜の道を慎重に下ります。道が飛騨側に回りこむと、右側は滝谷を見下ろす恐ろしい絶壁となり、高度感も手伝って恐ろしいことこの上なしです。雨に濡れた岩肌は思いのほか滑りやすく、ちょっとでも傾斜のある岩の上に手や足を置く場合、そのつどグリップを確認しながら進むようにしました。鎖のかかった場所は、さらに慎重さが要求されます。ハラハラドキドキしながら、小雨の中を涸沢岳に向けて下ってゆきました。

槍穂高縦走44
この写真は北穂高岳を出発してから初めて撮った写真です。たぶん、北穂高岳を涸沢岳に向けて下っている途中で写したものだと思います。おそらく雨が止んで、雲間から涸沢に光が差し始めた光景がきれいだったので、休憩がてら荷物をおろしてカメラを取り出したのでしょう。

やっと北穂高岳と涸沢岳の鞍部まで下りてきたら、つかの間の晴れ間はあっという間に雲にかき消され、ポツリポツリと雨が落ち始めました。

槍穂高縦走45
これから進む涸沢岳の斜面を見上げると、上のほうに人がいるのが見えました。どうやら下ってきているようです。このまま進んでしまうとやばいところですれ違いになりかねません。丁度いいタイミングだったので、休憩しながら彼らがたどってくるルートを見学させてもらうことにしました。

槍穂高縦走46
下から見ていると、あんなところに道があるのか?と思えるような絶壁をジグザグにたどりながら下ってきます。途中には鉄梯子もあるようだし、簡単には歩かせてはもらえないようです。

このあと、雨足が少し強まったことと、気の抜けない岩場が続いたため、穂高岳山荘に着くまで1枚も写真を撮っていません。いや、撮る余裕が無かったといったほうがいいでしょう。浮石だらけの涸沢岳の絶壁をミスをしないことだけを考えながらなんとか登りつめて、最後は鎖のかかった垂直な岩壁を岩溝に体をねじ込ませながら登りきったら、そこが頂上でした。あっけないぐらい、突然訪れたピーク。いままでの絶壁はなんだったのかと思えるほどのあっけなさでした。ガスガスの頂上は、展望は皆無でした。ゆっくりすることも無く、そのまま穂高岳山荘まで下り始めました。

涸沢岳の下りは比較的楽な道でした。やがて白いガスの中に山荘の赤い屋根が見え始め、程なくして山荘前に下り立つことができました。穂高岳山荘前は、綺麗な石畳のテラスになっており、晴れていれば涸沢が眼下に広がっているのが見えることでしょう。しかし、今日はガスガスです。奥穂高岳の山頂すら見ることができません。外にいると体が冷えるので、中に入って休憩させてもらいました。たしか、ホットコーヒーを注文したように思います。

がらんとしたロビーでコーヒーを飲みながら考えました。奥穂高岳に登るべきかどうか。雨は小康状態になっているとはいえ、岩肌は完全に濡れています。登ることはできても、視界は100%ないはずです。真っ白な世界を見るだけに、わざわざ上る意味があるだろうか。登頂したという事実と自己満足がほしいのなら、それもいいでしょう。しかし、自分としてはそこまでする気にはなりません。僕は美しい山岳風景を見たくて、そしてそれを写真に撮りたくて山に登っているのです。何も見えない山に登ることに、意味を見出すことができません。

であれば、今日はこのままテントを張ってのんびりするだけです。しかし、果たして明日晴れるのでしょうか。昨日までの3日間は快晴でした。それが今日になって天候が崩れたわけです。順当に考えれば移動性高気圧が過ぎ去り、西から低気圧がやってきたと考えるのが自然な流れ。そうすると、明日はさらに本格的な雨になると考えたほうがよさそうな気がします。

結局、僕が出した結論は下山でした。おぼろげな記憶では小屋の中に天気予報の書いたボードが掲げてあり、このあと数日間の天気予報が書いてあったの見て決断したような気がしますが、そのあたりはかなりあやふやではっきりしません。いづれにしても、雨に濡れた北穂高岳から奥穂高岳までのルートでかなり消耗していたこともあり、気持ちがネガティブになっていたこともあるでしょうが、なんらかの情報を得てもう一日いても晴れる見込みは無いと決断したものだと思います。時間的にもまだ10時ごろだったはずなので、下山するのに十分な時間があることも決断した理由のひとつだったはずです。

山荘から出て、白出沢の下山口に向かいました。山荘の脇から急傾斜で下る白出沢のルートは、下のほうまでずっと大きな岩が敷き詰められたようなルートでした。

槍穂高縦走47
谷間には雲海が押し寄せてきていました。下に降りると本格的な雨かも、などと思いながら白出沢を下り始めました。もはや下山するだけだし、急傾斜とはいえ断崖絶壁のルートではないという安心感から、僕はまったく気楽にひょいひょいと石の上をたどっていきました。

山荘が少し小さくなってきた頃、僕は何気なしにルート上にあった座布団ぐらいの大きさの岩の上に脚をのせました。それまで下ってきたのとまったく同じように、それが動くことなどまったく念頭にない状態で、ひょいと飛び乗ったのです。その瞬間、世界は一瞬にして180度回転しました。僕が飛び乗った岩は、音も無くスパッと足元から消えてなくなりました。そして、僕は雨に濡れてつるつるになった岩が敷き詰められた急傾斜の上を仰向けのまま滑り落ちて行ったのです。

それは、まったく無音のスローモーションのような世界でした。これはやばいぞ、と思って手を突いて滑落を停めようと思い、滑り落ちている地面の状態をちらっと見ましたが、もちろん平坦な地面ではありません。岩と岩の隙間が黒いまだら模様のように視界を過ぎ去っていきます。これに手を突いたら岩の隙間に腕を挟まれて簡単に持っていかれる! 不思議なもので、人はこういうときそんな冷静な判断ができるのです。決してええかっこして作り話を書いているわけではありません。学生時代、僕はモトクロスをやっていました。練習中やレース中に転倒してバイクの上に落ちることもたまにあり、そういうときにうかつに手を突くと回転しているタイヤに手首を突っ込んでチェーンとギアで手首を引きちぎられる危険性があります。でも、そんなときは自分が落下する方向の場所をみて、落下方向にタイヤがあるときは手を引っ込めてプラスチックのショルダープロテクターから落下するようにしていました。危機的な状況になると、コンマ何秒かの間に人間は案外冷静に状況を判断することができるのです。手を出すのをやめて、背中のバックパックがこすれて自然に滑落が止まるのを待つしかありませんでした。下山していたルートが断崖絶壁ではないという安心感がそうさせたのかもしれません。やがて、体は自然に停止しました。

まず確認したのは手足が無事かどうかです。両手両足を動かしてみて、痛みもなく普通に動くことを確認しました。そのあと、頭や顔を触ってみましたが、出血も無く痛みもありません。バックパックを下ろして点検してみると、レインカバーがざっくりと切れていましたが、それほど大きなきずではなく、本体は無傷でした。また、レインウェアも小さな穴と裂け傷が数箇所あいていました。どうやら比較的平坦な場所をずり落ちただけで済んだようです。上を振り仰いで、どこからどれぐらいの距離を落ちたのかを確認してみましたが、すでに脚をのせた岩が無いので、よくわかりません。雰囲気的には10m程度落ちたようです。時間にして数秒ぐらいでした。

助かった・・・ ほっとしました。いくら断崖絶壁ではないといっても、長い距離を滑落すれば途中で岩に激突する可能性もあります。手足の骨折ならまだましですが、頭からぶつかったら即死ということだってあり得ます。下山途中ということですっかり緊張感がなくなっていたのでしょう。沢筋のルートだからといって油断は禁物です。実際、山での事故は下山時に起こることが多いといいますから、こんな風に安心しきって警戒心を解いてしまうのが原因なのでしょう。今日、身を持って下山時の危険性を確認してしまいました。怪我がなかったのは不幸中の幸いでした。こんなところで足でも骨折していたら、雨の中誰かかが通るまでひたすら待ち続けなければなりません。

体が無事であることを確認し、装備の点検も終えてから、僕は再び下山を始めました。今度は一歩ずつ慎重に足を置く場所を選びながら。

やがて樹林帯に入ると、下からガスが這い上がってきました。森の中を音も無く白いガスが上がってくる様は、なんともいえない恐ろしさと同時に神秘さもありました。その様を写真におさめようとあわててバックパックを下ろしてカメラを取り出したのですが、あっというまにガスが通り過ぎてしまい、木々の間を這い上がるガスの姿をとることはできませんでした。

槍穂高縦走48
しょうがないので、沢向こうの森にかかるガスの様子を撮ったのが、この写真です。そして、これがこの山行の最後の写真になりました。

白出沢の橋を渡ったところで、昼食をとることにしました。ちょうど木が覆いかぶさるようになっていたので、雨もさえぎってくれていました。記憶では、ブルーシートで覆われた休憩場所のようなものがあったような気もしますが、どうもはっきりしません。ガスボンベを出してお湯を沸かし、アルファ米を作ろうとしていたら、なんとガス欠になってしまいました。250gのガス缶が4日目でガス欠なんて・・・ なんという燃費の悪いバーナーでしょう。このとき使っていたのは、じつはホームセンターなどで売られているキャプテンスタッグというブランドのもので、けっこう炎が出るヘッドの直径が大きいものだったので、炎がクッカーの周辺部にばかり行って横から熱が逃げていたようです。キャンプ用品なので、ファミリー向けのもっと大型のクッカーを使うことを前提に設計されていたのでしょう。帰宅後、好日山荘に駆け込んだのはいうまでもありません。

お湯が沸かせなければ昼食は無理です。仕方がないので、生ぬるい沸きかけのお湯でスープを作り行動食で昼食を代用しました。

また、このとき着ていたレインウェアは、実は透湿性能がまったくない超安物でした。そのため、内部に思いっきり結露して雨の中を歩いたような状態でした。当然、体も冷えてきます。行動食があるのに、わざわざお湯を沸かして昼食をつくろうとしたのも、それが理由でした。まったく、今日は踏んだり蹴ったりです。おかげで、いい加減な装備は本格的な登山には通用しないということもよくわかりました。後日、ゴアテックス素材のレインウェア(モンベル ストームクルーザー)を買ったのは、このときの反省からです。

体が冷え切らないうちに昼食を切り上げ、下山を再開しました。白出沢を渡ってしまうと、登山道は森の中の普通の登山道となり、もはや危ないのはつまづきや転倒ぐらいです。やがて白出沢出会いに着き、あとは林道をただ下るだけです。雨は相変わらずポツリポツリと降り続いていました。

おわり。





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| 2001年9月 槍穂高縦走 | 17:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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雲上の縦走路と緊張の大キレット :槍穂高連峰 vol 3

2001年9月 槍ヶ岳~奥穂高岳 単独テント泊縦走
いよいよ核心の大キレットへ!

翌朝、6時前ぐらいだったか、目が覚めてテントの外をのぞいてみると、なんと真っ白! さてどうしたものやらと思いつつしばらくごろごろしていましたが、とりあえず朝食をとることに。食後、トイレに行こうとテントを出てみると、真っ白だった世界がもとの状態に戻りつつあります。槍ヶ岳が姿を現すことを期待してカメラを持って出てみると、まるでレースのカーテンが開いていくようにガスが晴れてゆきます。そして・・・

槍穂高縦走22
槍ヶ岳出現!朝日に照らされて昨日見たよりもずっと立体的に見えます。

今日も快晴の予感です。山での天候はなぜこれほど人間の感情を左右するのでしょうか。晴れるというだけでやたら元気が出てくるし、ポジティブ思考になります。これから向かうこのルートの核心部、大キレットに対する不安感すら先ほどのガスと同様に完璧に消えてなくなったように感じます。トイレを済ませ、なぜかウキウキしながらテントを撤収すると、恐らく日本で最も魅力的な縦走ルートのひとつであろう、槍穂高の稜線に足を踏み出しました。

テント場から昨日登って来た飛騨乗越までいったん下り、そこから大喰岳へと登り返します。このあたりのルートは特に危険な箇所もなく、快適な稜線歩きのルートです。大喰岳は特に登山対象として話題に上ることもない地味な山ですが、標高3101mもあり実は北穂高岳につぐ第10位の山なのです。槍穂高の稜線上にあり、台形の山容のどこにピークがあるのかよくわからない山ですが、3000mの高所を比較的安全に長く歩けるという意味ではかなり貴重な山だと思っています。

大喰岳を越えて鞍部に下り、再び上り返して中岳へと道は続きます。

槍穂高縦走23
途中で振り返ると、どっしりとした大喰岳の背後にやや傾きながらすくっとた立ち上がった槍の姿がありました。

中岳は標高3084mで、第12位の高さを誇ります。この山も大喰岳と同様に名だたる名山にはさまれて地味で見向きもされない不遇の山です。しかし、なかなかすばらしい眺望を味わえる山であり、単に通過点として通りぎるのではなく、ゆっくりと休憩して眺めを楽しみたいところです。

槍穂高縦走24
南には穂高連峰の岩峰が折り重なるように高さを競い合っているのが見えます。

槍穂高縦走25
北には、大喰岳と槍ヶ岳の向こうに裏銀座の山々や黒部の谷にたまった雲海も見えていました。はるか眼下に雲海を見下ろしながら続く稜線の道。ここはまさに雲上の縦走路です。

槍穂高縦走26
中岳を下り南岳との鞍部まで来ると、これまでほぼまっすぐに南に向かっていたルートが少し東側に進路を変えたことで、中岳、大喰岳、槍ヶ岳が重なることなくひとつながりの尾根としてみることができます。台形の大喰岳をはさんで三角形の中岳と槍ヶ岳がバランスよく配置され、なかなかいい感じです。せっかくの雲上の縦走路です。たんに移動するだけの道のりだったり早く歩くことに目標を定めた山行なんてもったいなさすぎます。山は振り返りながら歩こう。これが僕のモットーです。といっても、歩きながら振り返ってたら命がいくつあっても足りません。時々立ち止まってゆっくりと景色を楽しもうということです。念のため。

槍穂高縦走27
南岳の頂上近くで、枯れて地面をのたうちまわったようなハイマツがありました。厳しい自然との闘いの果てに朽ち果てたのか、それとも人間が地面を踏み荒らし土砂の流出などを招いた結果なのかわかりませんが、その姿が妙に印象に残っています。そのまま写真を撮ってしまうと、たんなる枯れ木になってしまうので、白骨化した幹のうねる様子を心象風景的に表現するために、カメラの設定を変えて大きくアンダーになるように撮影しました。

南岳小屋につき、核心部に脚を踏み入れる前に休憩をとります。小屋の前で休憩しようかとも思いましたが、大キレットの様子が気になってしかたがないので、大キレットが見下ろせるところまで行って休憩することにしました。大キレットの降り口には獅子鼻という大きな岩峰がありますが、そのすぐ下まで行くと大キレットの全貌が手に取るように見えました。

槍穂高縦走28
南岳からの下りがガレた岩場の急坂のようでかなり不安がのこりますが、いったん下ってしまえば北穂高岳の手前にある小ピークあたりまでは特にやばそうな雰囲気はありません。その点では少しほっとしました。しかし、長谷川ピークらしき小ピークから先、北穂高岳の断崖絶壁を見るにつけ、とても一般登山道とは思えません。4泊5日のテント泊装備のバックパックは恐らく15kg以上はあったと思います。その重い荷物を背負ってこの稜線を越えていくことができるのか、見れば見るほど不安が募ります。もちろん、今なら槍平へエスケープすることもできます。時間は13時近くになっていたと思います。地図に書かれている標準タイムは3時間ですが、恐らくもっとかかるはず。北穂高小屋に着くのは17時近くになりそうな予感がするので、いつまでも迷っている時間はありません。体調はとくに問題なし。装備は重いがテントがあるので万一の場合でもビバークはできます。ヘッドライトもあるし、食料もあります。天候は、いまのところ大きく崩れる雰囲気はなさそうです。とすると、必要なのは決断する勇気だけ。何も特殊な登坂技術が必要なわけじゃあないし、僕より年配の人や女性だって越えて来る道です。行こう! 自分にできないはずはないと信じて、僕は北穂高岳を目指して出発しました。

槍穂高縦走29
大きく息を吸って獅子鼻の岩頭を見上げると、相変わらず深い青色の空が頭上に広がっていました。ルートはペンキマークがしっかりと描かれているので迷うことはありませんでしたが、急傾斜に浮石が多く気の抜けない状況が続きます。途中、垂直な梯子もあり、つまづきやスリップにも注意しながら一歩一歩を確実に進めながら、なんとか200mにもなろうかという岩壁を下りきることができました。この間、さすがにカメラを取り出して写真を撮ろうという精神的な余裕などなく、途中で撮影した写真は1枚もありませんでした。

槍穂高縦走30
獅子鼻の岩壁を下りきって、岩ゴロの比較的平坦な場所で休憩していると、北穂高方面から単独行の女性がやってきました。軽く挨拶はしましたが、その表情は固く相当緊張しているようでした。恐らく僕も歩いているときはあんなふうに余裕のない表情で歩いていることでしょう。

槍穂高縦走31
休憩を終えて少し下ったあたりで振り返ると、雲ひとつなかった獅子鼻の上空に一筋の雲がかかっていました。

槍穂高縦走32
よくみると、さっきすれ違った女性が垂直梯子を登りはじめていました。赤丸の部分を300mmまでズームしてみると・・・

槍穂高縦走33
彼女は梯子の一段一段を踏みしめるように慎重にゆっくりと登ってゆきました。彼女にとってはこの岩壁が最後の難関ですが、僕はまだスタートしたばかりです。のんびり見ている余裕はないので、彼女の無事を祈りつつ先を急ぎます。

槍穂高縦走34
この写真はおそらく長谷川ピークの手前で撮ったものだと思いますが、正直記憶にありません。僕は自分が撮影した写真の場所は、ほぼ覚えています。しかし、大キレットで撮影したものについては、あまり覚えていないものがほとんどです。枚数もたいしてありませんが、その数少ない写真の撮影場所すら覚えていないのです。それほど余裕のない状態だったということです。この写真にあるように、傾斜のきついナイフリッジの岩稜を、鎖に頼りながら必死で越えて行ったことだけはよく覚えています。

槍穂高縦走35
この写真もどこで撮影したものか定かではありませんが、写真の順番と風景からすると長谷川ピークの頂上あたりだろうと思います。長谷川ピークのあたりでは、信州側から飛騨側にナイフリッジを乗越すところで、かなり恐ろしい思いをしました。ナイフリッジを乗越して、下にある幅50cmほどの登山道に下りればいいのですが、急角度に切れ落ちた岩の途中に足がかりになるところが見つからず、しばらく悩んだ末に登山道まで後ろ向きにずり落ちるようにして下りたのです。もちろん、登山道までの岩の状況がどうなっているのかよく確認したうえでの行動ですが、ほんの1~2秒岩をずり落ちている時間がものすごく長く感じられ、もしもこのまま止まらなかったら・・・という恐怖に体がすっかりこわばってしまいました。無事、足の裏に登山道を感じて、体が止まった瞬間は胃がキューッと縮んだような気がしました。今思うと、もっとよく確認して安全に下りられる場所を探すべきだったと思います。こんなところでつまらないギャンブルをしても仕方がありません。なんとかなるだろうではなく、確実になんとかするというつもりでないと、安全は確保できません。

槍穂高縦走36
見上げる北穂高岳の岩壁に、いつの間にか雲がまとわりつくようになってきました。滝谷のほうからどんどん雲がわいてきます。

槍穂高縦走37
単純に岩壁だけみてもビビリそうな光景なのに、雲がまくようになるとさらにおどろおどろしい様子に見えてきます。幸い上空にはまだ雲が張り出してきていないので、天候が崩れそうな様子はありません。それでも登山道がガスで見えにくくなるというのはやっぱり不安です。獅子鼻の下で女性とすれ違ったあとは、誰ともあっていないということも、なんとなく不安な気持ちを増幅させます。もしもこの先転落しても、誰も通りかからなければ救助を呼んでもらうこともできないのです。この先には、飛騨泣きという最大の難所が待ち構えています。慎重にも慎重を重ねて乗り切らなければなりません。

槍穂高縦走38
飛騨泣きのあたりで撮った写真だと思います。飛騨泣きあたりで一番恐ろしかった場所は、こういうナイフリッジの場所ではなく、岩稜がすっぱりと切れ落ちて2mぐらいのクラックになっている場所の真ん中に、人一人がようやく立てるほどの柱状の岩があって、そこを足場にして向こう側の岩に取り付くという場所でした。なんというか、スーパーマリオが小さな足場を飛び越えて進んでいくような場面です。この足場になっている岩柱が、乗ると倒れるのではないかという恐怖感があり、いったんバックパックを下ろして、足で蹴ってみたりしてしっかりしていることを確認したことを覚えています。最近、飛騨泣きに梯子だか橋だかが設けられているような写真をみたので、今は通過しやすくなっているようです。

最大の難所を無事に越えて、ほっとするのもつかの間、今度は北穂高岳の大岩壁が待っています。鎖や鉄梯子にすがりつくようにしてよじ登り、ようやく普通に立って歩けるようなところまできたとき、おなかが痛くなってきました。昔から極度に緊張すると腹痛になることがあり、久しぶりにその症状がでたようです。いままでは緊張を強いられていたため、痛みを感じる余裕がなかったのでしょう。普通に立って歩ける場所まで来たことで、気持ちが緩んで痛みを感じる余裕ができたためと思います。社会人になってからはストレス慣れしたためか、この症状はすっかりでなくなっていたのですが、大キレット越えはさすがに相当なストレスになっていたようです。

きりきりと痛むおなかに悩まされながら、北穂高小屋にやっとたどり着いたのは、やはり17時近くになってからでした。疲労困憊でテント泊をする気にもならず、到着と同時に宿泊の申込みをしました。考えてみると、このときの北穂高小屋が初めての小屋泊です。素泊まりだったのか食事つきだったのか覚えていませんが、ここに小屋があって本当に良かったと心から感謝しました。その夜は快適な布団でゆっくりと疲れを癒したのはいうまでもありません。

翌朝、これまで見たことも無いような美しい光景に出会うことになるのですが、同時に大キレット越えをも上回る厳しい試練に直面することになりました。

つづく





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| 2001年9月 槍穂高縦走 | 02:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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雲上の縦走路と緊張の大キレット :槍穂高連峰 vol 2

2001年9月 槍ヶ岳~奥穂高岳 単独テント泊縦走


翌朝目を覚ますと、あたりはほんのり明るくなっていました。トイレに行ってそそくさと朝食をとりました。何を食べたのかすでに覚えていませんが、おそらくラーメンかアルファ米のどちらかでしょう。

槍穂高縦走06
テントから出てみると、涸沢岳の頂上付近を朝日が照らし出していました。

テントをたたんで出発したのは7時ごろだったでしょうか。早くもなく遅くもなくという感じだったと思います。槍平から先の道は、比較的勾配の小さい森の中の道です。飛騨沢に沿って登っていくこの道は展望もなく、あまり面白い道ではありません。道の状態は整備されているというほどではないのですが、荒れているわけでもなく、そこそこ歩きやすかったように記憶しています。もっとも、当時の話なので、今は整備が進んでいるかもしれません。

槍穂高縦走07
高度が上がってくると、次第にダケカンバが目立つようになってきます。空は見事に真っ青に晴れ渡り、本当の青色とはこんな色だといわんばかりの透明感のある青色が広がっていました。

槍穂高縦走08
やがて、ダケカンバの森もまばらになり、千丈沢乗越の2734mピークが見えてきました。

槍穂高縦走09
飛騨乗越に突き上げる大きなカール状の谷は森林限界を越えているらしく、ハイマツやナナカマドなどの低木と草地が広がる広々とした谷です。

槍穂高縦走10
千丈沢乗越への分岐点あたりから振り返ると、中崎尾根越しに抜戸岳の大きな姿が正面に見え、その左後方に笠ヶ岳がひょっこりと顔を出していました。左手にある1本のダケカンバは、いい位置にあったのでワンポイントとして画面に入れて撮影しましたが、たまにネットでこの木を入れた同じようなアングルの写真をみることがあります。みんな考えることは同じなんですね。

巨大な飛騨沢の道は、歩いても歩いてもたどり着かないような錯覚にとらわれます。はるか上に日本で最も高い峠である飛騨乗越が見えていても、さっぱり近づいてきません。

槍穂高縦走11
変わらない景色に飽きて立ち止まり、左手の西鎌尾根を見上げると、稜線上を縦走する登山者が見えました。彼らもがんばっているし、こっちもがんばろうと再び歩き出します。

道は次第にガレた岩ごろの道になり、急斜面をつづら折れの道となって登ってゆきます。長い時間をかけてやっと飛騨乗越にたどり着き、槍ヶ岳方面に進みます。小屋の手前のテント場に荷物を置いて、テント場の受付を済ませた後、さっさとテントをはりました。このときは特に場所を指定されたわけではないので、よさそうな場所を探してうろうろしてみると、槍沢側のほうに斜めに立ち上がった大きなついたてのような岩があって、その下にテントひと張り分のスペースがありました。地面は大きな岩が敷き詰められたような状態でしたが、案外凸凹感がなくフラットな雰囲気だったので、ここにテントを張ることにしました。多少の凹凸はエアーマットが吸収してくれるので岩の上でも問題なしです。もっとも、このマットは穴が開くとただのビニールシートになってしまいます。後年その苦痛を味わう羽目になり、それ以後はサーマレストを愛用しています。この場所は、斜めに突き出した大岩が庇の役目を果たしてくれそうだし、槍沢側にも別の岩があって風除けにもなりそうです。実際、この場所は朝露がテントにつくこともなかったので、朝テントを撤収するとき助かりました。

テントを張り終えるとと昼食をとり、カメラと水だけサブザックに入れて槍ヶ岳登頂に出かけました。

槍穂高縦走12
ほとんど垂直に近い断崖絶壁につけられたわずかな幅の岩棚のようなところをたどって登っていくと、ほとんど垂直な鉄梯子が現れました。その高度感といったら筆舌に尽くしがたいほどの恐怖です。このときはまだ高所恐怖症気味の状態だったので、この梯子を登ることは恐怖感との戦いそのものでした。しかもそれが上下2箇所もあるのですから恐怖感も2倍です。何があってもこの手だけは離すまいと祈るような思いで一段ずつ登り、やっと槍の頂上に這い上がったときは、すっかり消耗しきっていました。

平日ということで槍の頂上はがらがらでした。数人の登山者がいましたが、しばらくするとみんな下りてしまい、あとは貸しきり状態になりました。テントはすでに張ってあるので急ぐ理由はなにもありません。槍の頂上にすわって、のんびりと景色を楽しみます。標高3位の奥穂高岳の前に、標高5位の槍ヶ岳に登頂を果たしてしまったので、上から順に登頂するというもくろみはもろくも崩れてしまいました。

ちなみに、個人的には百名山にはまったく興味がありません。あれは他人の価値観で決められたリストなので、僕の登りたい山というわけではないからです。標高順については、たまたま富士山から始まったので下にたどるしかないということで、自然に北岳、奥穂高岳とめざしてきましたが、ここにきて順番が狂ったので一気に冷めてしまいました。これ以後、標高順もまったく興味がなくなってしまい、登る山を決める基準はとくにありません。

午前中あれほど晴れ渡っていた空には、いつのまにかたくさんの雲がわいていました。

槍穂高縦走15
大喰岳から北穂高岳へと続く稜線も、雲のベールに包まれ始めています。

槍穂高縦走20
テント場の先に人影が見えました。単独行の登山者のようです。300mmの望遠レンズで撮影してみましたが、ゴマ粒ほどにしか写りませんでした。

槍穂高縦走16
眼下に目を転じると西鎌尾根方面にも雲が垂れ込め始めていました。

槍穂高縦走19
槍沢のつづら折を赤いバックパックの登山者がゆっくりと登ってきていましたが、途中で座り込んでしまいました。あと少しで槍ヶ岳山荘ですが、最後の登りが相当きついのでしょう。

槍穂高縦走17
やがて、どこからともなくバラバラという音が聞こえて、槍沢の向こうからヘリが上昇してきました。大きな荷物をぶら下げています。

槍穂高縦走21
山荘の近くにあるヘリポートに荷物をおろす様子が上からよく見えました。

槍穂高縦走18
あっというまに荷物を降ろすと、ヘリはそのまま滑るように槍沢を下って行きました。

ヘリが去ってしまうと雲が展望を隠し始めたので、恐ろしい垂直梯子をビビリながら下り、山荘までたどり着いてほっと一息です。山荘で水を買ってテントに帰り、夕方まで時間つぶして、この日も食後はさっさと眠りました。

つづく




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| 2001年9月 槍穂高縦走 | 00:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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雲上の縦走路と緊張の大キレット :槍穂高連峰 vol 1

2001年9月 槍ヶ岳~奥穂高岳 単独テント泊縦走

GWの立山山行以来、なぜか近場の山への登山意欲が薄れてしまい、どこにも登らないではや2ヶ月。夏秋用の登山靴ミレーのオールロードGTXを買ってようやくその気が出てきたところですが、今度は天候が悪かったり仕事が入ったりで出かけるチャンスが巡ってきません。それでも本気で行きたければ少々の雨でも出かけるはずですが、やっぱりまだ登りたいという気持ちが本物ではないようです。

ということで、ネタがないので北岳の話に続いて古い記憶をたどりながら、槍穂高単独縦走の記録をまとめておきたいと思います。





1999年の富士山に始まり、2000年の北岳で本格的な登山デビューを果たした後、当然の帰結として標高第3位の奥穂高岳が次のターゲットになりました。2001年9月、日にちはすでに記憶にないのですが、おそらく中旬だったと思います。

単に奥穂高岳に登って降りてくるだけでは岡山からわざわざ行くのがもったいないということで、槍から奥穂への縦走ということにしました。初めての登山が富士山の単独夜間行、次が北岳の単独テント泊、3度目の今回は3000m級の峰々をたどる単独テント泊縦走です。途中には大キレットや北穂~奥穂の稜線という難所が待ち構えているというのに、今思えばかなり無茶な話です。八ヶ岳とか、表銀座とか、もう少し難易度の低いところから経験をつんでいけばよさそうなものを、なぜかそういう考えはまったくありませんでした。怪我や遭難にいたらなかったからよかったものの、今となっては初心者が無謀な登山をしていたと反省するだけです。

計画では、新穂高温泉から槍平テント場までが初日、翌日は槍ヶ岳登頂後槍のテント場で宿泊、3日目は槍から南岳を経て大キレット越えで北穂高でテント泊、4日目が北穂高岳から奥穂高岳へ移動し、登頂後テント泊。5日目に新穂高温泉へ白出沢を下山という予定でした。

45リットルのバックパックいっぱいに荷物を詰めて新穂高温泉を出発し、新穂高ロープウェイの下をくぐり右俣林道を進みます。どこで見た風景か定かではありませんが、眼前にそそり立つ穂高連峰の圧倒的な高さと存在感にかなりびびったことだけは鮮やかに覚えています。“あんなところまで本当に登れるのか?” このとき初めて無謀な計画だったのではないかと、背筋に冷たいものを感じました。

林道を進むうちに穂高連峰の岩壁は視界から消え、見えなくなればげんきんなもので背中の冷たさもどこへやら。こずえを渡るここちいい風に吹かれながら奥へ奥へと進んでいきました。滝谷避難小屋で林道は終わりとなり、そこから先はいよいよ本格的な登山道がはじまります。

槍穂高縦走01
登山道脇にあった倒木の上に小さな芽が出ているのを見つけ、なぜだか無性に写真に撮りたくなりました。輪廻転生。巡る命がつむぐ森の再生の記憶です。

途中がれた急傾斜の沢を渡るところでやや緊張しましたが、そのほかは特にびびる様なところもなく、無事槍平のテント場に到着しました。小屋でテントの受付を済ませ、テントを設営します。小石のある河原のようなところでしたが、当時はエアーマットを使っていたこともあって、地面の小石ぐらいならぜんぜん問題なし。日に焼けて熱くなった小石が広がる上にテントを張りました。

槍穂高縦走02
テント場から見上げると、夏の名残の空が稜線の上に広がっていました。

テントを張り終えた頃、日が西に傾き穂高連峰の急峻な岩壁を赤く染め始めました。はじめて間近にみる穂高連峰の峰々はどれがどの山やらさっぱりわかりませんでしたが、聳え立つ絶壁の高さと険しさにびびりまくりでした。

槍穂高縦走03
最初、ジャンダルムだとばかり思っていた特徴的な岩峰は、北穂のドームでした。

槍穂高縦走04
奥穂かと思っていたのは、涸沢岳でした。

槍穂高縦走05
滝谷の岩壁が赤く染まります。

日も暮れてあたりが薄暗くなり始めた頃、テントに戻ってアルファ米の簡単な夕食をとり、19時ごろには寝てしまったような気がします。夜は結構冷えたのですが、日に焼けた小石がいつまでも暖かく、なんとなく地面からやんわりと熱が上がってきて、わりと快適な夜だったことはよく覚えています。

つづく




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| 2001年9月 槍穂高縦走 | 00:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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