ヤマふぉと

山の自然や風景をゆったりと眺め、写真を撮るために山に登る。だから、登頂や縦走を目的とせず、好きな山域でテントを張ったり小屋に連泊して、カメラ片手にのんびりと過ごす。そんなスローな山登りを楽しんでます。

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2000年9月 北岳 初めての単独テント泊 その2

●2日目(9月28日 北岳山荘テント場~北岳頂上~広河原)
 午前3時を回った頃寒さで目が覚めた。時計の温度計を確認すると0度だ。そりゃあ寒いわ、などと納得しかけたが、いや待てよ。このシュラフはマイナス15度までOKと書いてあったはず。0度で寒いんだったらインチキじゃないかい、と憤っては見たもののこんなところでどうすることもできない。フライシートを張れば少し違うのかもしれないが、あと数時間でたたんでしまうのにわざわざ張るのもばかばかしい。長袖厚手のシャツを着ていたが、あいにくダウンジャケットのような防寒着は持っていなかった。仕方がないので、日の出まで燃料をたいて暖をとることにした。狭いテント内で火をたくことに抵抗はあったが、寒さには抗えない。ベンチレーションを開放し、念のため入り口のジッパーも半分ほど開けて換気を確保してからバーナーに火をつけた。狭いテントはすぐに温かくなり寒さからは開放されたものの、バーナーを倒して火事になっても怖いので、テントの隅っこに身を寄せてバーナーの周辺部に空間を確保した。

北岳09
 やがて東の空がなんとなく明るくなりかけてきたので、テントの中でカメラを用意し撮影準備を始めた。外に出て撮影しようと思ったが、あまりにも寒いのでテント内から撮影することにした。入り口を開けて視界を確保すると、冷たい空気が一気にテント内に流れ込み、眠気はどこかに吹き飛んだ。驚くほどの透明感をもった空気がはるか彼方まで充満し、見上げれば漆黒の夜空にまだ多くの星がきらめいていた。
 赤く染まり始めた地平線から徐々に光が満ち溢れ、漆黒の夜を押し上げていく。黒から紺、紺から青へと色を変えながら空は次第に明るさを増していった。

富士山01
富士山03
 闇の中に沈んでいた富士山のなだらかなカーブがゆっくりとシャープになり、やがて紫から黄色へのグラデーションを背景に見事な姿をあらわした。刻一刻と明るさを増してくる空の色があせてくると、富士山は反対にベールをまとったように紫色に表情を変えた。見事な朝のドラマだった。期待通りのすばらしい朝焼けを見ることができ、僕はすっかり満足した。

北岳10
 日が昇って寒さが和らぐととたんに眠気が襲ってきた。今日は山頂を踏んで降りるだけだから、ちょっとだけ寝てから出発することにした。しかし、これが失敗だった。目を覚ますと9時近くになっていた。それでも、まだあまりあせりはなく、朝食を食べてゆっくりとテントを撤収した。テント場を出たのは10時ごろだった。

北岳11
 北岳山頂まではコースタイムで1時間15分。ゆっくり行ってもお昼までには着けるはずだ。今日もいい天気で、北岳頂上には秋の高層雲が不思議な模様を描いていた。振りかえれば中白根山と間ノ岳がきれいに見えていた。
北岳12

北岳13
 山頂には予定通りお昼前に到着。赤い頭巾をかぶったお地蔵さんが印象的だった。かなり雲が出はじめていて、眺めはややさえぎられつつあったが、富士山はまだ頭を出していた。
富士山02
鳳凰三山の地蔵岳オベリスクも良く見える。
北岳14
お昼休憩もかねて30分ほど山頂でゆっくりしてから、八本歯のコル方面に下山を始めた。このときなぜ肩の小屋方面に下りなかったのか自分でもよくわからないが、初めての山で単独行ということから来た道を帰ったほうが安心だと思ったのかもしれない。
北岳15

北岳16
 下山途中で甲斐駒ケ岳も良く見えた。写真を撮ったりしながら下ったので割と時間を食ってしまい、八本歯のコルに着いたときは2時近かった。山頂からの下りでやや癖になりつつあった左ひざの痛みが少しぶり返してきた。これからの大下りを考えると一抹の不安はあるが、ここから広河原までのコースタイムは2時間30分程度なので、まあ大丈夫だろうと思った。八本歯のコルからはるか下に広河原も見えていたので、安心感もあった。

北岳18
 ところが大樺沢を下山し始めると左ひざの痛みはすぐに大きくなり、だんだん足を動かすのが苦しくなってきた。当然、下山速度はぐっと遅くなった。このときはストックを一本しかもっていなかったのでひざ痛をかばって歩くのは難しく、左ひざをできるだけ曲げないようにしながら一歩づつ下っていくしかなかった。

 二俣に着いたときには3時30分近かった。平日ということもあって誰もいない。しばらく座って休憩していたが、下ってくる人の姿はなく、なんとなく不安になってきたので先を急ぐことにした。ストックを頼りに左足をかばいながらひょこひょこと下山を続けるものの、歩く速度は相変わらずスローペースだ。秋の陽は早い。5時30分ぐらいには日没になってしまうが、大樺沢は北向きの谷筋なので、日が傾くと暗くなるのは一足早い。崩落地を迂回するルートを越え周囲の木々が多くなってくると、登山道はぐっと薄暗くなった。空を見るとまだ明るいのだが、林間はほとんど夕暮れ時の雰囲気だ。ヘッドランプはあるものの、できるだけ明るいうちに下ってしまいたいというあせりも生まれてきて、足の痛みを我慢して速度を速めた。しかし、こういうときは行けども行けどもゴールが見えてこないもので、やがて周囲は青い闇の中に沈み始めた。ストックを頼りに足を引きずるようにして下山する姿はさながら落ち武者だな、などと意外と冷静に自分を客観視できていたので、そこそこ落ち着いてはいたようだ。しかし、ヘッドライトだけを頼りに真っ暗な登山道を下るようになると、やはり心は平穏ではいられない。

 そんな時に突然開けた空間に出た。ルートは判然としない。こういうとき人はパニックに陥るのかもしれない。僕は立ちすくんでいた。なんとなく踏み跡のようなものはあるものの、周囲の状況が見えないのでそれが正しいルートなのかどうかわからない。ヘッドライトをあちこち向けてみるものの、登山道を指し示すような看板も見当たらない。「こりゃあやばいかも」なんて気持ちも出てきたが、いままで下ってきたのは明らかに明確な登山道だ。だからどこかで道を間違ったとは考えられない。
 そのときに、登山時のことを思い出した。そういえば登ってくる途中にこんな場所に出て、迷いそうだなと思ったぞと。あの時確認したのは、ちょっとした段差を降りてこの空間に出てきたこと、広場のような空間を斜めに横切るようにルートがあったことだった。とすると、下ってきた道のところから斜め方向に下山ルートがあるはず。その方向には記憶のとおり段差があり、ヘッドライトで注意深く照らしていくとルートが見つかった。ほんとにこれで良いのかという不安はあったが、木々の間を明確に道が伸びている。どう考えても獣道ではないし、人間に踏まれた道だ。段差の付近には靴跡もある。まず間違いないだろうと安心して、その道をたどった。

 真っ暗な森の中をひたすら下山していくと、やがて前方に明かりが見えた。広河原山荘の明かりだ。つり橋までたどり着いたときには、さすがにほっとした。車に戻ったときは午後7時になっていた。2時間半のコースを倍の時間をかけて下りてきたわけだ。コース設定自体は無理なものではないと思うが、朝二度寝してしまい出発が遅れたこと、ひざ痛で下山に時間がかかったことが遅くなった原因だ。ひざ痛はしかたがないにしても、出発時間が遅れたのは明らかに自分のミス。山では何かトラブルがあっても対処できるように時間に余裕を持って行動しなければいけないと、思い知った山行だった。これ以降、ストックは二本で使用するようにし、何かあっても日没までには目的地に着けるように時間を考えて行動するというのを守るようにしている。また、テント泊の時はフライシートを必ず張ることと、シュラフの防寒能力を過信せず防寒着とあわせて温かさを確保することや、歩くときは周囲の様子を見ながら歩き、状況に変化のあるところは注意してルートを確認し、下山時にわかりやすいかどうかを考えるようになった。山のすばらしさとともに厳しさや怖さなど、登山の基本を学んだ山、それが北岳だった。

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| 2000年9月 北岳 | 23:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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2000年9月 北岳 初めての単独テント泊 その1

北岳01

古い話になりますが、僕が本格的に登山をはじめた記念すべき山、北岳への山行記録を、記憶をたどりながら記しておきたいと思います。

●序
 2000年は僕にとって大きな転機になる年だった。東京でのサラリーマン生活をやめて、新しい生き方を考えるために受験した地元の大学の社会人編入試験に合格した年だった。大学へは2001年春から通うことになり、2000年いっぱいで田舎に引っ越すことを決め、会社も8月いっぱいで辞めた。東京での残り4ヶ月をどう過ごすか、なんて具体的に考えていたわけではない。年内いっぱい勤めていれば収入もあるしそのほうがなにかといいはずなのだが、ソフトウェア会社のコンサルティングチームのマーケティングサポートというなんだかよくわからない当時の仕事をこれ以上続ける気にはなれなかった。
 9月からぽっかりと空いた時間を埋めるために、僕はあちこち出かけた。草津白根や日光など車で行ける山を巡っているうちに、今度は本格的に山へ登ってみたくなった。前年の夏に富士山に登って以来、なぜか山に登りたいという気持ちが心のどこかに常にあり、そのうち機会があればと思っていた。中学時代にワンダーフォーゲル部に所属していたので登山は未経験というわけではないが、しょせん中学生の日帰り登山。せいぜい標高数百mの低山しか登ったことはない。富士山に登ったのが、実はまともな登山としては初めての経験だ。富士山へはネットで知り合ったスキー仲間10人程度のグループで登ることになっていたが、金曜日に休みを取って山小屋泊まりという計画に都合があわず、頂上で合流するということになった。初めての登山で夜間の単独行というのも無茶な話だが、雨具や防寒具などそれなりに必要なものは揃え、念のために酸素ボンベも持って行った。新五合目で数時間仮眠をとった後、夜9時過ぎに登り始め、ご来光は頂上直下で迎えてしまったが、無事登頂して仲間と合流した。といっても、頂上にいたのは3名程度で、残りは高山病でリタイアしたらしい。このとき、なんとなく自分には登山が向いていると感じた。

 北岳に登ることに決めたのは、日本一の富士山の次は第2位の北岳しかないと勝手に決め付けていたからだ。当時はピークハントが主目的だったので、あまり縦走など考えていなかった。1泊2日で北岳に登って帰ってくる。それだけだった。神田にある登山用品店ニッピンでソロ用テントなど必要なものを購入し、準備を整えた。

●1日目(9月27日 広河原~北岳山荘テント場)
 天気予報を見ながら天気の心配がなさそうな9月27日(水)に出かけることにした。早朝家を出て中央高速で甲府昭和ICへ、その後は一般道をたどって北岳を目指す。夜叉神峠のトンネルを抜け、長い林道をたどってようやく北岳の登山口である広河原に到着した。平日の早朝なので車はあまり停まっていなかった。今はマイカー規制で芦安の駐車場に車を停めないといけないが、当時は自家用車で広河原まで乗り入れることができた。到着時刻は確か8時過ぎぐらいだったと思う。

北岳02
 まったく雲ひとつない青空が広がる好天に恵まれ、広河原から北岳がくっきりと見えていた。つり橋を渡って広河原山荘脇から登山道に入る。少し開けたところに来ると、これからたどる大樺沢のルートが左手奥までずっと続いており、八本歯のコルに突き上げているのがよく見えた。沢沿いに伸びる登山道は、時々沢に面して休憩する場所もあり快適だ。沢といっても急傾斜を流れ落ちてくるので半ば滝に近いような水の勢いだが、風が冷たくて気持ちがいい。
北岳03

 どんどん登っていくと、途中で林の中からポンと広い空き地のようなところに出た。ちょっとした段差を降りて広々とした空間に出てくるのだが、振り返ると道標もなく下ってくるとわかりにくい雰囲気だった。なんとなく迷いそうな予感がして、どこから登山道に入るのかを確認しておいたのだが、これが後で大変役に立った。

 登山道は崩落地点を迂回するために一度沢を渡り、対岸を登るルートになる。空の青と木々の緑が美しい。
北岳04

 しばらく行くと再び沢を渡って左岸に戻り、その先が二俣の分岐だ。ここから道は右俣コースと左俣コースに分かれる。右俣コースはかなりの急傾斜を直登して尾根に上がり、肩の小屋まで約3時間のコース。左俣コースは大樺沢に沿って登り、バットレスの直下を通って八本歯のコルに突き上げる。八本歯のコルまで2時間、そこから山頂まで1時間。うまくすれば山頂を踏んでから北岳山荘まで行くことができるが、だめでも山頂をトラバースする巻き道があるので、状況にあわせて臨機応変に対応が可能だ。テント泊ということで、はじめからテン場のある北岳山荘しか選択肢はないので、たどるべき道は左俣コースしかない。(注)
(注)当時の山と高原地図には肩の小屋にテント場マークがなく、北岳山荘にだけテント場マークがついていたため。

 とりあえず、二俣の分岐でお昼休憩とする。標準コースタイムなら広河原から二俣まで2時間30分ほどだが、すでに3時間かかっている。なにしろ本格的な装備で登山をするのは始めてなので、テントや食料を詰め込んだザックが重いのだ。といっても、しょせん1泊2日の荷物だから、カメラ機材や水を入れても10kg程度のものだったはずだが、山慣れしていないせいでかなり重く感じていた。

北岳05
 昼食を終えて左俣コースを歩き始める。北岳の大岩壁が右上にせり出すように見えてくると、そのものすごい存在感に圧倒されてなぜだが気後れしてしまう。朝は雲ひとつない晴天だったのに、いつの間にか雲が出てきて、北岳の姿を隠しつつあった。

北岳06
 大樺沢をだいぶ登りつめてバットレスがすぐ右手に迫ってくるころには、雲はだいぶ低い感じで垂れ込めてきた。自分が標高をあげたからなのか、雲が降りてきたのかのはよくわからないが、天気が崩れるのだけは勘弁してほしいと思いながら登っていた。

 いつの間にか沢は姿を消し、八本歯のコル直下の急登に差しかかっていた。木製のはしごが幾重にも連なり、ひとつ登るごとに息が切れて立ち止まって休憩せざるをえなかった。寝不足による疲労と酸素の薄さが影響していたのだろう。やっと登りきってザックをおろして休憩をとる。時間は3時近い。二俣から2時間のコースだが30分以上タイムオーバーしていた。目の前に見える八本歯の頭にすら登るのが困難に思えてくる。
北岳07

 当然、これから北岳山頂を目指しているとテン場に付くのが日暮れ近くになってしまう。下手をすると日没に間に合わないかもしれない。選択の余地はなく、山頂を踏むのは翌日にして、巻き道をトラバースしてテン場に直行することにした。途中の岩場には名前はわからないが高山植物の葉が鮮やかに紅葉していて、早くも秋の到来を感じさせてくれた。
北岳08
 
 北岳山頂直下からトラバースルートに分岐して歩き始める。このトラバースルートがなかなか高度感とスリルのある道で、基本的に高所恐怖症だった当時の僕にとって、かなりのプレッシャーを与えてくれた。踏み外せば遥か数百メートル下までノンストップで転がり落ちそうな崖の上をびびりながらなんとか越えた。いまでも高いところはあまり得意ではないが、山に登っているうちにだんだんと慣れてきて、少々の梯子や鎖場はあまり恐怖心を感じなくなった。

 夕方4時半ごろになってやっと北岳山荘のテント場に到着した。ここは稜線上にあるので水場は30分も下っていかなくてはならない。山荘で水を1リットル100円で販売しているので、それを買ったほうが楽だ。テントを張り終えてフライシートをどうするか考えたが、雨の心配はなさそうだしテント生地は透湿防水をうたっているものだったので、フライシートは使用しないことにした。シュラフもマイナス15度程度まで使える3シーズン用のものなので、多少冷え込んでも大丈夫だろうと考えていた。
 食事を済ませて、山荘で買ったワインの小瓶を飲み終えると、さっさとシュラフにもぐりこんだ。アルコールのせいで心臓がバクバクいっているし、空気が薄いのでなんだか息苦しかったが、疲れていたせいですぐに眠りに落ちて行った。

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| 2000年9月 北岳 | 20:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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